平将門の首塚は何故、最恐心霊スポットなのか?【東京の旅】

平将門の首塚は恐らく東京都で…いや日本で一番といっても過言ではない有名な心霊スポット。日本三大怨霊の一つしても有名でマジで呪われると噂されている曰くつきの場所なのです。ここに建物を建てようとすると祟りが起きて関係者が不幸に見舞われるなんて話がありますね。

日本三大怨霊は平将門、菅原道真、崇徳天皇の御三方です。

テレビやブログなどで紹介されつくしているので『今更記事にしてもなぁ。』という思いが過りましたが、歴史の復習と紹介を兼ねて書くことにしました。それでは首塚の写真と共に平将門について見ていくことにしましょう。

どうぞお付き合い下さいまし。

日本全国にある心霊スポットのなかで取分け危険と名高い心霊スポットについての記事です。閲覧して呪われてもしりません…。

 

平将門の首塚へのアクセス

地下鉄で行きましょう。東京メトロ大手町駅のC7出口を出て目の前の信号を横断して左折。少し歩くと右側に平将門の首塚があります。C4からC6出口が一番近いのですが現在は閉鎖されているようです。

 

平将門の生涯

2015-12-12 15.13.03平将門は平安時代中期に活躍した関東地方の豪族です。

祖父は臣籍降下で平氏を名乗った高望王(たかもちおう)という人物です。高望王の曽祖父が桓武天皇なので皇族の血を受け継ぐ由緒正しき血筋なのです。

臣籍降下は『皇族の仕事ないから臣下になって別のことで生計立ててよ!』とお上からいわれて止む終えず転職するようなもの。

2015-12-12 15.11.03平将門は若い頃に平安京に行き藤原忠平の元で働きますが、京で望みの職に就けず関東に戻ります。その頃に父の平良将の亡くなり、それがきっかけで一族間の血なまぐさい領地争いが始まります。

父の領地であった下総国(現千葉、東京、埼玉、茨城の一部)の多くが将門の叔父、平国香や平良兼に奪われてしまいます。

まさかど
おいおい、ふざけんなよ…。あいつ等ぶっ殺してやる!

 

平将門の乱 緒戦

2015-12-12 15.12.08平将門の同盟者に常総国(現茨城県)の一部を支配する平真樹(まき/まさき)という人物がいます。

真樹は隣接地を治める源護(みなもとのまもる)と領地争いを繰り広げていましたが敗けそうになります。

まさかど
真樹を助けねば!

そして将門は戦いを止めるため調停に向かいます。

途中、常総国野本に軍勢を見つけます。その軍勢は源護の息子『扶』『隆』『繁』。明らかに将門軍を打ちのめすための待ち伏せです。

まさかど
ぶっ殺す!
と三兄弟を完膚なきまで蹴散します。

三兄弟は討ち死してしまいます。さらに…。

まさかど
ついでに源護の本拠地もやってしまえ!

と焼き討ち。源護は不在もしくは逃走で無事。

まさかど
あー。近くに国香(領地奪った叔父)の館あったな。ついでに燃やそう!

国香死亡。以上が緒戦です。 

 

打倒将門 連合軍結成

2015-12-12 15.11.58息子3人を討たれた源護は娘の嫁ぎ先である将門の叔父、平良正に『お前んとこの将門どうにかしろ』と訴えます。これを受けた良正は将門の本拠地に向けて進軍。そして将門は迎え撃ちこれを撃破。

まさかど
ハハッ!雑魚がおとといきやがれ!

すると平良正は兄の平良兼に助けを求めます。平良兼は京で立身出世を望んでいた平国香の息子・貞盛を強引に関東に戻し打倒将門を掲げる平良兼、平良正、平貞盛連合軍を結成します。

平国香や貞盛は後の世に活躍する平清盛の先祖です。

連合軍は下野国(現栃木県)に集結し北から将門の本拠地を攻めます。一方将門は少数先鋭部隊で連合軍をかき回します。乱れた連合軍は態勢を整えるために一時退却。しかし将門はこの隙を逃さず温存していた本隊を連合軍にぶつけ総崩れさせます。

その後、連合軍はボロボロになりながら下野国の国府(今の県庁みたいなものかな)に逃げ込みます。将門軍は国府を囲み、わざと良兼たちを逃します。

まさかど
俺は悪くない。あいつらが勝手に襲ってきただけだ!
こう言って国府に認めさせ本拠地へ帰参。

 

2015-12-12 15.10.13埒が明かないと源護は朝廷に将門と真樹を訴えます。

まさかど
そうだ!京都にいこう!

朝廷から召還命令が出た将門はすぐに京へ。

しばらく捕らわれの身になりますが恩赦がおりて関東に戻ります。復習に魂を委ねた源護はこの辺りで病死します。戻ってきた将門に平良兼は懲りずに攻めてきます。将門の祖父・高望王と父・良将の像を陣頭に出して攻撃してきた平良兼にさすがの将門軍も士気が低下しなんと敗北してしまいます。

まさかど
こ…この卑怯もんが!

負けを取り戻すため将門は軍を起こし平良兼に攻撃を仕掛けますが敗北。この時は酷いやられようだったようで本拠地は滅茶苦茶に荒らされ妻子も攫われてしまいました。ちなみに将門の妻は良兼の娘。だから多分殺されてはいないと思う。

にっちもさっちもいかなくなった将門は以前の主人である朝廷の藤原忠平に助けを求めます。すると朝廷から平良兼を捕えろという命令が下り将門に勝機が見えてきます。朝廷からの命令を大義名分とした将門軍は平良兼を破ります。この戦いの後、良兼は衰退、病没します。 

まさかど
すいやせん…。忠平さん助けてくれやせんか?

連合軍の平貞盛はしつこく将門に追い回されますが、なんとか京に行き将門を訴え召喚状をもらい将門を呼び出そうと試みますが将門はこれを無視。その後、平貞盛はしばらくの間将門に追い回され続けます。連合軍のもう1人の平良正のその後は不明です。

 

新皇誕生

2015-12-12 15.13.58平氏同士の戦いは一時中断。

現在の埼玉、東京、神奈川の一部は武蔵国と言われていました。そこに新しく赴任してきた興世王と源経基は土地の検査(検注)を行いますが、その検査の際に豪族の武蔵武芝(むさしのたけしば)と一悶着あり興世王と源経基は武蔵武芝の領地に攻め込みます。

源経基は源頼朝の先祖です。

ここで再び将門登場です。調停好きなのか、またややこしい所に入っていきます。軍を引き連れた将門は調停のため、山に軍を構えていた興世王と源経基のもとへ。興世王が山を下り武蔵武芝と話し合い和解。調停成功したかに見えたが…。

どういうわけか武蔵武芝の軍が山に籠っていた源経基の陣を包囲。ビビった源経基は『興世王、武蔵武芝、平将門が謀反!』と京まで逃げ訴えにいきました。しかし朝廷は『将門等は無実』の判決。逆に源経基は讒言したとして京で捕らわれます。

この辺りから将門の運命は狂っていきます。

次に藤原玄明という人物が出てきます。税を払わず自分の領地で好き勝手する藤原玄明に怒った国府は玄明捕縛命令を出します。玄明は将門に助けを求め藤原玄明を庇います。国府は引き渡せと将門に伝えるが知らん顔。むしろ玄明捕縛命令を撤回せよと国府を兵で囲む始末。

将門に勝てないと悟った国府は降伏。将門等は国府周辺でやりたい放題暴れまわりました。
当然の如く朝廷から敵と見做されます。将門は関東全域を支配するまで暴れ続けます。そして『新皇』と名乗り朝廷や天皇に対抗して自分の国を創ってしまいます。

まさかど
このまま日本を統一してくれるわ!

 

平将門の最期

最期は本当にあっけない。

将門が朝敵になった時、平貞盛は『チャンス!』と思い下野国の藤原秀郷らと共に兵を集めに集め、将門を攻め立てます。とある合戦で将門は風向きをうまく利用して矢を撃ち連合軍を苦戦させ退却まで持ち込ませますが自然の気まぐれで風向きが変わります。

『好機到来!』と連合軍は矢嵐のように矢を撃ち返し、なんと矢が将門の頭部に命中。これにて平将門は討ち死に首を平安京まで運ばれ晒し首に。

まさかど
我が生涯に一片の…。

散々当ブログに出てきた平真樹さんですが京都から恩赦で帰ってきてからどうなったかはわかりません。

 

終わりに

将門の首は大罪人として京で晒されました。

首は一向に腐らず笑ったり叫んだりして民衆を恐れさせます。ある日突然、首が『俺の身体はどこぞ~。』と言って関東方面へびゅーんと飛んでいったそうな。その首は関東までの道中に肉片を落とし様々伝説を残しているそうです。首の終着点が今回訪れた平将門の首塚というわけですね。

この伝説が後の世まで広がって心霊スポットとして有名になりました。

記事中にカエルの置物の写真がありますね!これは将門の首が帰ってきたことに因んで置かれているのです。どこか遠くへ赴く方が無事に帰れるようお祈りすると無事にカエルことが出来るというご利益があるそうです。
いちち
…。

首だけ帰って来たのに無事といってよいものか?

当ブログ内の心霊スポットランキングを作成しましたので興味がある方はご観覧下さい。なおこの記事は適宜更新いたします↓

旅のまとめ【心霊スポットランキングベスト10 編】 

おしまい!

平将門首塚

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