名古屋城の外観を眺めてみよう【愛知の旅】

ここは名古屋市中区本丸!

桶狭間古戦場跡を後にして名古屋駅方面へ。
懐かしい名古屋。私は以前、名古屋で働いていたことがあります。元職場は名古屋駅周辺の高層ビルの最上階付近。名古屋城は毎日のように上空から眺めておりましたが、当時の私は時間と心の余裕がなく遂に訪れることなく関東へ戻ってしまいました。

東海地区に正直、いい思い出がありません。私の至らなさが原因でしょうが、生きづらさMAXでした。東海地区から逃げるように関東に戻って1年半程は社会復帰できず、薬漬けで殆ど布団の中。体重も70kg以上あったのが短期間で50kgに減少。

その後も社会に復帰と離脱と繰り返しながら、ここ1年位でやっと落ち着いた感じです。
様々な経緯で「人生に意味なんてない」って結論に至ってからかなり気持ちが楽になりました。頻繁に旅へ出掛けるきっかけもここにあったりします。

さて、私事はどっかに投げ捨てておいて本題に入ります。

 

恩賜元離宮名古屋城

恩賜元離宮名古屋城恩賜元離宮名古屋城。 
なんだか難しい言葉が並んでいるので調べてみました。恩賜とは天皇から賜ったものの意。
離宮とは皇族が居住するために本拠地とは別に造った宮殿のこと。 
天皇がどう関係してくるのか。答えは単純で明治中期に陸軍省の管轄だった本丸を宮内省に移管しただけの話です。その後名古屋市の管理となり一般公開され「天皇から頂いた元宮殿」と意味で名前が付けられました。

 

名古屋城外観

名古屋城この記事では名古屋城の外部について書いていきます。内部や歴史については次の記事で。
上空から見る名古屋城は小さくこじんまりしていましたが、まじかで見るとなかなか大きく圧倒されました。

 

正門

正門正門は明治後期に江戸城の蓮池御門が移築されてきましたが焼失、そして再建されたもの。

 

剣塀

名古屋城 剣塀大天守と小天守を繋ぐ塀です。ここは通路になっています。遠くて写真ではわかり辛いですが、塀の軒に槍の穂先がずらーっと並んでいます。簡単には進入できない作りです。

 

天守の石垣

天守の石垣名古屋城天守の石垣は下部に向かって広がるように反っている扇勾配で石の重みや土の圧力が分散されやすいように作られています。

 

天守礎石

天守礎石もともとこの位置に天守がありました。しかし大東亜戦争で空襲を受け1945年5月14日に旧国宝名古屋城は炎上、壊滅してしまいました。本当に最低で馬鹿たれです。重要史跡を壊すな!

 

石棺式石室

石棺式石室天守礎石近くにあった石室です。島根県松江市山代町の古墳にあったものをここへ持ってきたそうです。古墳時代後期のものといわれています。何故、ここに持ってきたのかは不明です。

 

御殿椿

御殿椿空襲の際に本丸ともども焼けてしまいましたが、焼け朽ちた幹から新芽が出てきて奇跡的に復活した椿。植物の生存能力は凄まじいです。

 

不明門

不明門焼失再建の不明門。当時はあかずの門といわれ殆ど開かれることはなかったそうです。

 

不明門の槍の矛先不明門の上部にあった槍の矛先。今はこんな感じですが昔は切れ味の良い状態だったのでしょう。まぁ攻められたことは一度もないのですが。

 

名古屋城から名古屋駅方面

名古屋駅周辺あまり時間がなかったので外観はサラーっと軽く見学しました。なので写真も少ないし、重要な所を撮影できなかった(知らなかった)です。また訪れることもあると思いますのでその時は下調べをして臨みます。 

次は→愛知の旅 【名古屋城 編 その2】 

名古屋城

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