檜原城跡と吉祥寺の十三仏巡りについて【東京の旅】

ここは西多摩郡檜原村本宿!

東京都には意外にも8つの村が存在します。そのうち7村は伊豆諸島と小笠原諸島に広がる島々にあります。

利島村(としま)、新島村(にいじま)、三宅村(みやけ)、神津島村(こうづしま)、御蔵島村(みくらじま)、青ヶ島村(あおがしま)、小笠原村(おがさわら)の7村です。

残りの一村は東京の最西端に位置する檜原村です。今回は戦国時代にあった後北条家の檜原城、そして城跡に至るまでの道のりにある十三仏を巡りました。それでは参ります!

 

檜原城跡について

檜原城跡檜原城跡へのアクセスは自動車なら檜原村役場を目指し突き当りのT字路を左折し吉祥寺という寺に停めて行けます。路線バスを使用するなら西東京バスに乗り本宿役場前のバス停を降りて吉祥寺に向かう感じです。なんにせよ吉祥寺の境内に入口があるのでそこを目指せばok!

さて檜原城についてですが、築城した人や築城年月は不詳です。戦国時代に平山氏が甲斐武田氏の侵攻を防ぐためにこの場に身を置きました。その後、関東の後北条氏の傘下に加わり武田氏の攻撃を牽制する役割を持ちました。そして1590年の豊臣秀吉による小田原征伐の際に落城させられました。城主の平山氏は勇敢に最後まで降伏することなく戦い続けました。その後、徳川家康が関東へ転封されると同時に廃城。

 

吉祥寺の十三仏巡り

十三仏巡拝入口吉祥寺の墓群を登ると十三仏巡拝入口が見えてきます。十三佛信仰は古くからある日本独自の民間信仰。人間は亡くなってから7日ごとに前世での罪を裁かれるそうですが、その際の裁判官を担当する十三の仏をここでは参拝することが出来ます。

法要で初七日や四十九日などありますが、これはそれぞれの日を担当する裁判官に故人が無事に成仏できるよう祈る儀式です。それでは一番からいきます。

 

1.不動明王

不動明王裁判官としての名前は秦広王(しんこうおう)。

初七日(7日目)を担当します。「しょなのか」と読みます。不動明王の起源はインド神話の破壊神シヴァだと言われています。シヴァの異名の一つにアチュラナータ(動かない尊者)というものがありそれが訳されて不動明王になりました。

教えを守らない、従わない人々に教えを伝えるため恐ろしい怒りの表情をしていますがもともと大日如来の使者として現れた時には童子の姿だったそうです。ちなみに日本以外ではそれほど信仰はされていないようです。

 

2.釈迦如来

釈迦如来裁判官としての名前は初江王(しょこうおう)。

二七日(14日目)を担当します。「ふたなのか」と読みます。釈迦如来は紀元前5世紀に実在したインドの人物です。日本人には仏陀とか釈迦と言った方が伝わりやすいかもしれません。

本名はゴータマ・シッダッタ。シャーキ族(釈迦族)の王子として生まれました。29歳の時にすべてを捨て出家し様々な修行を得て35歳の時に悟りを開きます。

このことを皆に伝えるべきか彼は悩み「どうせあいつらには伝わらないだろ。やーめた!」とあきらめたその時、インド神話の創造神ブラフマーが現れ「そんなこと言わずにさ~。」と説得し始めたので「そこまで言うならやってみます。」と渋々立ち上がりました。これが仏教の始まりです?!正確にはわかっていないが80歳ぐらいで入滅(亡くなった)したと言われています。

 

3.文殊菩薩

文殊菩薩裁判官としての名前は宋帝王(そうていおう)。

三七日(21日目)を担当します。「みなのか」と読みます。文殊菩薩は古代インドに実在した人物と言われ、仏教の経典をまとめた偉人とされています。正式名称が文殊師利菩薩(もんじゅしりぼさつ)。

獅子の上に蓮華台を乗せて座っている姿が一般的です。釈迦如来を真ん中に、左脇侍に文殊菩薩、右脇侍に普賢菩薩と並ぶことが多いです。正しいあるべき姿を見る智慧(般若)の仏で「三人寄れば文殊の智恵」のことわざは文殊菩薩から生まれました。

 

4.普賢菩薩

普賢菩薩
裁判官としての名前は五官王(ごかんおう)。 

四七日(28日目)を担当します。「よなのか」と読みます。普賢菩薩は神出鬼没の仏。普賢は「あまねく賢い者」という意味でいろいろな所に現れて衆生を救います。白象の上に蓮華台を乗せて座っている姿が一般的です。

釈迦如来を真ん中に、右脇侍に普賢菩薩、左脇侍に文殊菩薩と並ぶことが多いです。
古代仏教で女性は成仏できないと伝えられてきましたが普賢菩薩は法華経の中で女人成仏を説き女性の立場を救ったとされています。このことから女性からの信仰を集め、今では女性守護の菩薩として知られています。

 

5.地蔵菩薩

地蔵菩薩
裁判官としての名前は閻魔王(えんまおう)。 

五七日(35日目)を担当します。「いつなのか」と読みます。日本で一番有名な菩薩、兼地獄の大王です。地蔵菩薩は大地と誕生を司る菩薩です。慈悲深い菩薩で六道を巡回して救済活動を行っています。所謂あの世とこの世を行き来しているので本人、故人とも「どうかよろしくお願いします。」という意味で信仰されています。また日本の民間信仰では村の道祖神として祀られたり、三途の川で子供達を救っているので子供守護としても崇められています。

閻魔大王は慈悲深い存在なのですね。(インドと中国の閻魔大王はこう甘くはありません。)

 

6.弥勒菩薩

弥勒菩薩裁判官としての名前は変成王(へんじょうおう)。

六七日(42日目)を担当します。「むなのか」と読みます。弥勒菩薩は未来の菩薩です。釈迦如来(ゴータマ・シッダッタ)の次に仏になることを約束された菩薩です。ちなみに56億7000千万年後に降臨するそうです。その頃にはきっと地球が無くなっているでしょう。人間ではない違う生命体、もしくは意識体を救うのかもしれません。仏教界の救世主です。

 

7.薬師如来

薬師如来裁判官としての名前は泰山王(たいざんおう)。

七七日(49日目)を担当します。「なななのか」と読みます。正式名称は薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)。薬師如来は衆生の身体的、精神的な病苦を治すという現世に御利益がある如来です。そして修行時代に立てた十二の大願が有名です。単独で祀られることはもちろん、脇侍に日光菩薩と月光菩薩を安置して祀られることもあります。

これが有名な四十九日(しじゅうくにち)です。これですべての裁判が終わり、個人の魂が家から離れていきます。喪に服していた遺族が日常生活に戻る日でもあります。でもこれで法要は終わりません。生きている人の善行が故人の善行になるという伝えのため追善供養が始まります。

 

8.観音菩薩

観音菩薩
裁判官としての名前は平等王(びょうどうおう)。

百か日(100日目)を担当します。「ひゃっかにち」と読みます。別名「卒哭忌(そっこくき)」と呼び「もうお前ら泣いて悲しむな!」という日です。

サンスクリット語で「隅々まで見た自在者(煩悩から解放されて自由になった人)」の意味がある菩薩です。有名な西遊記と関係のある玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)は般若心経を訳したとき観音菩薩を観自在菩薩としました。言葉の意味は観自在菩薩の方がしっくりきます。日本、中国、チベットなどで古くから信仰されてきた菩薩です。浄土宗では阿弥陀如来の脇侍に後述する勢至菩薩と共に祀られることが多いです。

 

9.勢至菩薩

勢至菩薩
裁判官としての名前は都市王(としおう)。

一周忌です。サンスクリット語で「偉大な威力を獲得したもの」という意味を持っています。智慧をもって隅々まで照らして人々の迷いや苦しみ、戦いから救う菩薩です。独尊で祀られることは少なく観音菩薩と共に阿弥陀如来の脇侍として安置されます。

 

10.阿弥陀如来

阿弥陀如来
裁判官としての名前は五道転輪王(ごどうてんりんおう)。

三回忌。サンスクリット語でアミターバといい「無限の光を持つ者」と訳されています。またアミターユス「無限の寿命を持つ者」とも言われます。西方極楽浄土の教主。東方は薬師如来。浄土系宗派の本尊で最も重要な如来です。(融通念仏宗は違います)

阿弥陀如来は四十八願の誓いを立て、浄土宗派は特に誓願18番目を重要としました。「私が仏になった時、みんなが心から信じて極楽浄土に生まれたいと願い10回念仏しても極楽浄土に行けないようなら私は悟りを開きません。でも五逆の罪を犯したものと仏の教えを悪く言う者だけは除きます。」念仏を唱えれば、もしくは唱えようと思った瞬間に極楽浄土を約束されるということです。

 

11.阿閦如来

阿閦如来
裁判官としての名前は蓮華王(れんげおう)。

七回忌。サンスクリット語でアクショービヤ、日本語に訳すと「揺るぎない」。何があっても動じず、迷いや煩悩に打ち勝つ姿を体現した如来です。ゴータマ・シッダッタ(釈迦)が修行中にマーラ(悪魔)の誘惑を受けたそうです。その時、惑わされずに瞑想をやり遂げたという伝説が阿閦如来のモデルになっています。

また大円鏡智の権化とも言われています。大円鏡智とは仏の智慧の一つで、全てをありのままに映す鏡のような智慧という意味。「私は貴方のすべてを知っているから、悩まず、迷わず進みなさい。」ってな感じかな?

 

12.大日如来

大日如来
裁判官としての名前は慈恩王(じおんおう)。

十三回忌。大日如来は「すべての産みの親」の仏。私たちも、空間も時間も。全体でもあり一でもある。大日如来によってすべては繋がる。生まれもしないし、死にもしない。哲学的な仏さまです。「究極チート仏」とは大日如来のことです。まぁ、皆さんそれぞれチートなんですが。

 

13.虚空蔵菩薩

虚空蔵菩薩

裁判官としての名前は祇園王(ぎおんおう)。

三十三回忌。十三仏巡りの最期を飾るのは虚空蔵菩薩。 虚空とは“何も妨げるものがなく、すべてのものの存在する場所としての空間”のこと。虚空の蔵にはありとあらゆる無限の智慧が収めてあります。智慧、記憶力、知識などを私たちに授けてくれる尊い菩薩です。

 

終わりに

十三仏巡りに拘らず日本の民間信仰は奥が深く、そしてややこしい。なんでこういう信仰になったのかもちょっと調べてみただけではわからないので興味深いです。特に田舎は仏教、神道、山岳信仰や修験道が混ざっていて面白い場所が多いです。洗練された都会では味わえない田舎での散策を皆さんもいかがでしょうか?

おしまい!

釈迦如来

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いちちと申します。 休日の殆どを一人旅に費やしています。いつか流浪の民になって日本中を周って過ごしたい。歴史、B級スポット、心霊スポットのネタが多めな旅行記ブログです。