ご利益いっぱいパワースポットの赤城神社と赤城山頂駅【群馬の旅】

ここは前橋市富士見町赤城山!

上毛三山の一角、赤城山。最高峰の黒檜山は1828mあり、その山麓には様々な神様がまつられる赤城神社が鎮座しています。多くの神様がいらっしゃるということで沢山のご利益があるといわれています。
例えば↓

心身健康 ・ 無病息災 ・ 病気平癒 ・ 開運招福 ・ 家内安全 ・ 商売繁盛 ・ 社運隆昌交通安全 ・ 旅行安全 ・ 工事安全学業成就 ・ 試験合格 ・ 芸事上達 ・ 必勝 ・ 当選 ・ 良縁 ・ 縁結び ・ 子授け ・ 安産 ・ 子育て ・ 初宮詣 ・ 七五三厄除け ・ 方位除け ・ 心願成就

などなど多岐にわたっています。故に老若男女問わず多くの方が参拝されています。今回は赤城神社についてとかつて赤城山頂と黒保根を結んでいた赤城登山鉄道の様子をご覧いただきたいと思います。それでは参りましょう!

 

赤城神社

赤城神社

 

赤城神社
赤城神社は少なくとも平安時代には存在していたようですが創立についてはよくわかっていません。また場所も山頂付近ではなく麓の村落だったのではないかといわれています。鎌倉時代に入ると山籠もりなどで修行する修験道と仏教が混じり日本特有の独特な宗教観を呈するようになります。

江戸時代には前橋藩を中心として上野(群馬)の人々の信仰を集めました。明治時代の廃仏毀釈により仏教色が無くなり現在に至っています。赤城山南麓出身の私は常にこの山を見て育ってきたので言葉に表せない宗教心のような感情を持っています。

 

大沼

大沼

 

大沼

 

大沼
大沼は正式には「おの」と読むそうです。ただ地元民も普通に「おおぬま」と呼んでいます。赤城山のカルデラ湖で赤城神社は大沼に浮かんでいるかのように鎮座しています。真冬に行われるワカサギ釣りが有名です。

 

国定忠治の肌脱ぎ地蔵尊

国定忠治
「赤城の山も今宵限り…」の一節で有名な任侠・国定忠治の像です。私自身群馬から離れるたびにこの言葉を思い出します。忠治と違って罪を犯して逃げ回っているわけではないので何時でも赤城へ帰れるんですけどね。

 

覚満淵

覚満淵
赤城山頂駅から見れる覚満淵です。平安時代の覚満という僧侶がここで法会を行ったことから名前が付きました。湿地帯特有の植物が繁茂することから尾瀬に肖って「小尾瀬」とも呼ばれています。

 

赤城山頂駅

赤城山頂駅1957年に赤城山頂~桐生市黒保根町(利平茶屋駅)を繋ぐ赤城登山鉄道の赤城山頂側に設置されたケーブルカーの駅です。利用者が減少したため1968年に閉鎖されてしまいました。現在赤城山頂駅はサントリー・ビア・バーベキューホールに改装され飲食、お土産店として運営されています。またケーブルカー運行時の写真などが観覧できるようになっています。

 

サントリー・ビア・バーベキューホール

 

赤城登山鉄道

 

赤城登山鉄道サントリー・ビア・バーベキューホールの内部と過去の写真です。下の写真は利平茶屋駅。

 

赤城登山鉄道赤城山頂駅から廃線を辿って利平茶屋駅方面へ登山することが出来ます。

 

赤城山頂駅
利平茶屋駅まで行くことが出来るそうですが途中から道なき道を進むのであまりお勧めしません。

 

赤城登山鉄道
今回は廃線が途切れた所にある赤城山御神水が湧き出る神聖スポットへ行ってみました。

 

赤城山御神水
これが御神水の湧水地です。そこにあった説明板が興味深い内容だったのでご紹介します!

赤城山の「あかぎ」の名稱の由来については、いろいろ言われているところではあるが、あかは色彩の赤色ではなく水をいう説が有力である。古い地名のあかは水に関係している。仏言の閼伽(あか)よりきたもので、平安朝においても宮廷語で天皇にさし上げる水を「あか」といい、源氏物語の中においてもあかといわれている。また、「あかおけ」とは天皇にさし上げる淨水を入れる「おけ」をいう。なお「あかる」はその淨水の井戸を稱している。

中国よりきた言葉で仏や貴賓に献上する水のことを、特に「あか」といわれたらしい。和名妙という本においても「あか」は淨水、功徳水として漢より伝わったものとされている。新古今集の中に「朝ことのあかゐの水に年くれて」という言葉がある。佐野市の赤見も弘法大師が発見した功徳水がでているところがのちの世に「あかみ」という地名に変わったようである。

川の源流には赤倉といわれる地名が多く、赤堀も水に関係している地名と思われる。赤城の「あか」も仏や貴賓に献上する功徳水が多く湧出したところで、城は「かこい」、「さく」または器を意味し、功徳水の器という意味であかぎといわれ、後年、赤城になったのかもしれない。

仏前に備える水棚も「あかだな」といわれている。よって、昔よりいい伝えられ皇族に献上されたというゆえんである。

佐羽家に於いて故飯村待従より

とのこと。なるほどね~って感じです。名前の由来を辿っていくと興味深いことが多いです。柳田国男の本でも読んでみようかと思った次第でございます。これにて終了!

おしまい!

赤城神社

2 件のコメント

  • >御神水の湧水地
    ’68年の廃止以降あまり管理されてい無さそうだけど、
    階段も鬱蒼としていて。こんなところが遺っているのですね。

    • 上総さん
      恐らくたまに草刈りとかしていると思います。意外ときれいになっていたので。
      お水はおいしかったですよ!

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