群馬県とちょっとだけ縁ある松栄神社に参拝【大分の旅】

ここは大分市荷揚町!

安土桃山時代から江戸時代にかけて大分県の政の中心にあった府内城(大分城)。その一角の山里丸という曲輪に松栄神社はあります。府内城跡観光のついでに寄っただけで関心は薄かったのですが、説明板を見て一転。冒頭に上州水沼村とな。

「群馬県出身の私としてこれは見逃せない!」としっかり参拝して説明を熟読。そして数枚の写真を撮影しました。さて、殆どの方にはマニアックすぎてついていけない内容かもしれませんが書き綴っていきたいと存じます。それでは参りましょう!

 

松栄神社

松栄神社松栄神社は1729年に造設されました。その後、現在の大分縣護国神社がある松栄山に遷都されました。これが松栄の名の由来だと思われます。明治期になると元あったここへ戻され今に至っています。

 

松栄神社
松栄神社はもともと近正八幡宮として祭祀されたのでご祭神は松平近正です。この方は安土桃山時代から江戸時代の人物で大給松平氏の家老であり一族。徳川家康の遠い親戚。家康が豊臣秀吉から関東転封の命を受けたとき近正は上野国(群馬県)に入り宗家から独立します。そして1600年。関ヶ原の戦いの前哨戦で鳥居元忠らと伏見城を守りますが西軍(石田三成側)に落城させられ討死にしてしまいます。

 

松栄神社さて、冒頭に少し出てきた上州水沼村について。私が水沼といわれてまず最初に思いつくのは桐生市黒保根町の水沼。渡良瀬川沿岸にある小さな地域でわたらせ渓谷鉄道の水沼駅は駅に温泉施設が付いていることで有名です。がどうやらここは違うらしい。

では何処の水沼か?松平近正が群馬の何処へ来たのかを調べればすぐわかりますね。彼は群馬郡三ノ倉という場所に入封しました。そこは現在の高崎市倉渕町三ノ倉。そしてすぐ近くに水沼という地域があります。恐らくここに松栄神社の前身である近正八幡宮がある、或いはあったのでしょう。

しかし残念ながら近正八幡宮については一切わかりませんでした。水沼神社に八幡宮があるようですが、それが近正八幡宮なのかは定かでない。直接倉渕町に訪れて調査したいですが、さすがに大分からこれだけの理由で群馬に帰ることは出来ません。残念です…。

 

終わりに

もし群馬県高崎市周辺にお住まいの方で近正八幡宮のことをご存知の方がいらっしゃいましたら是非教えていただきたい。確固たる情報があれば帰省の機会にそこへ訪れてみたいと存じます。それでは尻切れトンボな記事ですがこれで筆を置きます。

おしまい!

松栄神社

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いちちと申します。 休日の殆どを一人旅に費やしています。いつか流浪の民になって日本中を周って過ごしたい。歴史、B級スポット、心霊スポットのネタが多めな旅行記ブログです。