耶馬渓と吾妻渓の戦い!青の洞門と競秀峰登山記【大分の旅】

ここは中津市本耶馬渓町樋田!

群馬県民で耶馬渓を知らない人はいないだろう。『はて?耶馬渓は大分県にあるのに群馬県民?』と群馬県民以外は皆そう思うに違いありません。しかし群馬県民の大半は耶馬渓を知っているのです。私も子供の頃から『耶馬渓とはどんな場所なのだろう?』と想像を膨らましていたものです。それが何処にあるのなんて全く知らずに。

さて、どういうことなのかご説明致しましょう。

群馬県はかるた県と呼んでいいほどにかるたが家庭に浸透しています。このかるたは上毛かるたと呼ばれています。私の小学校では夜な夜な子供たちが集会所に集まりそこでかるたの練習を行っていました。そして数か月に一度かるた大会が開催されます。初めは地区、勝てば県大会とかるたの猛者たちを育てているのです。

最近では散り散りになった群馬県民の結束力を固めるための上毛かるた全国大会『KING OF JMK』となるものが開かれているみたい。って程かるた大好きな群馬県民なのですが、上毛かるたの『や』。これが今回の主題なのであります。

『耶馬渓しのぐ吾妻渓』

さて、我々はずっと大分県に喧嘩を売っていたようだ。最近大分に引っ越してきた群馬出身の私としては大問題。ただそう洗脳されてきた過去があるので現物を見るまで大分県民が何と言おうと私は認めない!ということで早速耶馬渓に行ってきました。

耶馬渓は本耶馬渓、奥耶馬渓、深耶馬渓、裏耶馬渓と広大な景勝地帯になっています。今回は青の洞門がある本耶馬渓に訪れました。深耶馬渓の一目八景など他にも有名な場所があるのですがそれは追々訪問する予定。それでは参りましょう!

 

本耶馬渓の景観

本耶馬渓普段はネットなどで下見をしてから目的地へ向かうことが多いのですが、今回は私の目に映ったそのものをだけを見たかったので先入観なしでの訪問です。『うむ、なかなか良いではないか!』しかし吾妻渓と耶馬渓の比較観賞のつもりだったので『なんか違うぞ?』って感じになりました。

 

吾妻渓谷これが吾妻渓。こういう感じで深い谷に少し白濁した川が流れている姿を想像していたのです。耶馬渓を見て思い浮かんだのは↓

 

岩櫃山
真田幸隆(昌幸のパパ)が分捕った岩櫃城跡がある群馬の岩櫃山や↓

 

妙義山 展望台からの眺め耶馬渓と肩を並べる日本三大奇勝のひとつ群馬の妙義山でした。まぁ岩櫃山と妙義山は渓谷ではないので比べるのはちょっと違いますが、見た目は似てますね。

 

本耶馬渓真剣に『吾妻渓と耶馬渓のどっちが素晴らしいの?』とか考えていたのに訪問した瞬間に『あれ?別もんじゃない?』と思った次第でございます。吾妻渓はあの絶望的に深い谷間から見る緑や紅葉が美しいのです。そして耶馬渓。ここは聳え立つ奇石に映える緑や紅葉が素晴らしい。まぁ、どっちも素晴らしいということでこの話は終わりにしようかな…。というか比べること自体ナンセンスな気がしますしね。

『耶馬渓しのぐ吾妻渓』

これって耶馬渓の宣伝のようにも思えてきました。群馬県民なら吾妻渓を知っていて当たり前。耶馬渓を頭に持ってこなくても上毛かるたの一句を作れたと思うのです。そして次に『しのぐ』という挑戦的な言葉を持ってきて我々に『いったいどんな場所なのだろう?』と想像させる。現に私は大分に引っ越すと決まったときに絶対耶馬渓に行こうと計画しました。(まぁ、上毛かるたに出会ってなくても何処かで耶馬渓を知ったでしょうが)
ということで大分県も群馬県の何かを広めてください!草津温泉でもいいよ。

 

本耶馬渓かるたの話は終わりにして耶馬渓に話題を戻しましょう。おそらく本耶馬渓で一番有名なのはこの青の洞門でしょう。

 

本耶馬渓青の洞門は江戸時代後期の僧侶・禅海が30年かけて掘ったトンネルです。

 

本耶馬渓この写真は残存している旧洞門で禅海が掘ったとされる明り取りの部分です。現在車両が通っている隧道は明治期に掘削されたものだそうです。

 

本耶馬渓禅海和尚の頌徳碑。みんなのためを思い30年かけて掘った禅海の徳を称えて建てられた石碑です。しっかり通行両を徴収したらしいですが。

 

競秀峰景観を眺めるだけならこれで終わりなのですが『それでは面白くない!』ということで青の洞門の上を通る競秀峰に登りました。登山口は耶馬の森というソーセージ屋さんの近くです。

 

競秀峰

 

競秀峰序盤はこんな感じで緩やかな山道が続きます。

 

競秀峰標高が高くなってきました。

 

競秀峰恵比寿岩と呼ばれる展望スポット。

 

競秀峰

 

競秀峰恵比寿岩からの景色。たかいよ…。

 

競秀峰奇石の周囲を歩いていきます。

 

競秀峰

 

競秀峰妙見窟。ここには妙見菩薩が3体、男女神像2体、如来立像が1体安置されています。作風から平安時代のものとされています。

 

競秀峰

 

競秀峰今年(2016年)の紅葉は微妙だったのかな?11月中旬が見頃と聞いたので渋滞の中訪れたのですがあまり染まっていなくてガッカリしました。

 

競秀峰

 

競秀峰梵字窟。2枚目写真の奥まで登山道が続いていたので行ってみたのですが、先には崖があり使われていないような鎖場が伸びていました。ここはさすがに危ないと思い退却しました。

 

競秀峰不動窟の石像。落書きされています。わざわざここまで来て落書きする意味が解りません。

 

競秀峰

 

競秀峰清水洞。修験道の山伏たちはこういう洞窟を住まいにして修行に明け暮れたのでしょう。

 

競秀峰三陣の洞。

 

競秀峰

 

競秀峰陣の岩展望台から見る釣鐘岩となんかの宝塔。あとは下山するだけです。

 

競秀峰下りは緩やかな斜面ですがコケが多いので油断すると滑ります。登山道は弘法寺の裏に出て終了!

 

終わりに

来年は深耶馬渓の一目八景かな。

おしまい!

本耶馬渓

2 件のコメント

  • 私は、耶馬渓を見た事ないですが、
    耶馬渓凌ぐ
    なので、耶馬渓を超える(または同等)ってイメージでいました。
    今回写真を拝見して、歴史も風景も別物って感じました。
    吾妻の方は、水没しそうだしねぇ~。

    • 上総さん

      そうなんです!私もそのイメージで行ったのですが、最初は『あれ?場所を間違えたのかな?』くらい思いました。水没は本当に残念です。でも八ッ場ダムが完成した後の吾妻渓谷を見てみたいという気持ちも少なからずあります。

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