臼杵城下、八町大路(中央通り商店街)の石敢當について調べる【大分の旅】

石敢當臼杵市を観光していたときに石敢當と彫られた石碑を見つけました。これまでの旅で様々な石碑に出会いましたが、この語は初めてです。

いちち
気になったので調べました。

それでは参りましょう!

 

石敢當について

石敢當石敢當の読み方はせっかんとういしかんとういしがんとうと読みます。

中国伝来のもので日本では沖縄県および鹿児島県に多く建てられています。この二県以外にもあるようですが、数は非常に少ないです。日本以外では中国はもちろん台湾やシンガポールにも存在しているようです。

 

名前の由来

臼杵市の説明板によると古代中国の武将にあやかって名付けられたとされていますが、他にも説があり答えは見つかっていません。

いちち
言葉そのものの意味は『石のように果敢に當(当)たる。』かな?

 

石敢當の効果

石敢當は石碑だけではなく家の門柱、玄関にお札のものもあります。主な効果は魔除けです。沖縄県では丁字路や三叉路などの壁や石柱に彫られています。これに関しては独自の情報がないので石敢當-Wikipediaに譲ります。

臼杵市によると商いの神、福の神と尊び崇められた存在とされています。これに関しては後述。

 

臼杵市に何故、石敢當が?

臼杵の石敢當は沖縄、鹿児島とは違ったルーツを持っています。歴史は古く1500年代後半のものとされています。(何度か建て替えはしている。)

当時の臼杵は豊後国(大分県)を支配する大友宗麟が拠点としていました。キリシタン大名であった宗麟は外国との貿易に寛容だったため南蛮船や明国の商船が度々訪れ内外の交易が盛んに行われます。

取引の上で喧嘩・口論が度々あり皆が迷惑をしていたのを『中国にこれを治める法がある』とで石敢當の三文字を石に刻して建てたところ以後喧嘩が治まった言われています。

臼杵・石敢當の説明版より(原文をそのまま引用)

というのが臼杵の石敢當の起源です。商売の神様とされているのは↑のご利益から広まったのでしょうね。

 

終わりに

いちち
同じような特徴を持つものとして道祖神やお地蔵様がありますね。

何故、石敢當が沖縄や鹿児島に伝播したのかは残念ながらわかりませんでした。『明国と近かったから』と考えましたが、他にも明と近かった場所はありますし…。

石敢當についての書籍があるようなので時間があったら読んでもう少し調べてみようかと思います。

おしまい!



石敢當

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いちちと申します。 休日の殆どを一人旅に費やしています。いつか流浪の民になって日本中を周って過ごしたい。歴史、B級スポット、心霊スポットのネタが多めな旅行記ブログです。 コメント待ってるよー!