緒方惟栄と平家物語。豊後大野市の彼の館跡に訪れて【大分の旅】

豊後大野市緒方、国道502号線沿いに緒方三郎惟栄の館跡はあります。

緒方惟栄は平安時代後期から鎌倉時代の武将です。平家物語の中で活躍が見れます。

今回は館跡の様子と彼が平家物語でどのように書かれているのか紹介致します。

緒方惟栄は平家物語の中では維義と書かれています。また惟能、惟義とされることもあるようです。恐らく諱だと思うのですが詳しいことはわかりません。この記事では惟栄で通します。ただし引用はそのまま表記します。

 

緒方惟栄と平家物語

緒方三郎惟栄の館跡

緒方惟栄は平家物語の後半部で登場します。

彼が登場するシーンは出来るだけ拾ったつもりですが、抜けている場面があるかもしれません。もしお気づきの方がいらっしゃいましたら教えていただければ幸いです。

 

巻第六『飛脚到来』

緒方三郎惟栄の館跡

平家物語で緒方惟栄の名が初めて登場する場面は巻第六『飛脚到来』。

宇佐大宮司公通が申しけるは、九州の者ども緒方三郎をはじめとして、臼杵、戸次、松浦党に至るまで、一向平家を背いて、源氏に同心のよし申したりければ、「東国、北国の背くだにあるに、こはいかに」とて、手を打ってあさみ合へり。

平家物語 巻第六 飛脚到来より

『飛脚到来』は源頼朝の挙兵によって木曽義仲を始め各地の有力武将らが平家に反旗を翻すシーンです。

『飛脚到来』の次章『入道死去』で平家の大黒柱、平清盛が病死。ここから一気に平家が没落していきます。

いちち
臼杵、戸次は大分に現在も残る地名です。松浦党は長崎県の武士団のことかな?

 

巻第八『緒環』

緒方三郎惟栄の館跡

『緒環』は緒方惟栄の紹介に割かれた章です。

登場人物は『娘、母、男』の三人。

母の知らないうちに男が娘の元に通い妊娠させます。母はこれを不審に思い問いただすと娘は『彼が誰だかわからない。来るけど何処に帰っていくかわからない。』と言います。気味が悪いので、針に糸巻(緒環/おだまき)を付けて男の襟首に刺し糸を辿って突き止めることにします。

糸を辿ると男は豊後と日向の境の岩屋の中にいました。

娘がお目にかかりたいと伝えると男は『私は人間ではない。姿を見たら驚いて気絶してしまうから帰ってくれ。お腹の子供は男で武勇に優れたものになるだろう。』と。

娘は『どんな姿だっていい。日頃の好みを忘れられますでしょうか?』

そして岩屋から高さ五、六尺(1.5~1.8m)、長さ十四、五丈(42~45m)の大蛇が地響きをあげて這い出てきました。襟元に刺したはずの針は蛇の喉笛に刺さっていました。

娘はこれを見て身体から肝も魂も無くなってしまいます。また連れて来た10人程の従者も腰を抜かすやら動転するやらで忽ち逃げ去ってしまいました。

いちち
大蛇の言う通り気絶している娘。場面を想像すると何だか笑えます。大蛇『マジで気絶するんかい!』みたいな。それとも首に針が刺さっていたことに驚いて気絶したのかな?大蛇なら小さな針が刺さっていても大丈夫だと思うけど。

で家に帰った娘は男の子を産みます。

母方の祖父が育ててみると背中が大きく顔が長い、丈高い偉丈夫に育ちます。祖父の名前、太大夫に因んで『大太』と名付けられました。夏も冬も大きなあかぎれがあったので『あかがり大太』と呼ばれました。

件の大蛇は、日向国にあがめられ給へる高知尾の明神の神体なり。この緒方の三郎は、あかがり大太には五代の孫なり。かかる恐ろしき者の末なりければ、国司の仰せを院宣と号して、九州二島に廻らし文をしければ、しかるべき兵ども維義に従ひ付く。

平家物語 巻第八 緒環より

ってな感じです。

惟栄が当時の九州で強い影響力を持っていたことが想像出来ますね。

 

巻第八『大宰府落』

緒方三郎惟栄の館跡

飛脚到来で緒方惟栄が反旗を翻したと知った平家は惟栄がかつて平重盛の御家人だったということで重盛の息子、資盛を九州へ送ります。

しかし惟栄『昔は昔、今は今。』と資盛の説得に応じません。

惟栄が30000の兵を持って攻めてくるという噂がたち平家は太宰府から北の山鹿城に立て籠ります。山鹿にも敵が攻めてくると聞き小舟で豊前国の柳ヶ浦へ。そして四国へ落ちていくことになります。

平重盛は平清盛の息子。魅力に溢れる人物で跡継ぎとして申し分ない器を持っていましたが、早世してしまいます。重盛がもう少し長く生きていれば歴史が変わっていたかもしれません。歴史に『たられば』はナンセンスですが、それくらい優秀な人物だったのでしょう。

 

巻第十二巻『判官都落』

緒方三郎惟栄の館跡

緒方惟栄は牛若丸こと源義経と縁深い武将でした。

平家討伐で活躍した源義経は色んな事情から兄の頼朝に疎まれて命を狙われます。その際、義経は頼朝と戦うため九州で態勢を整えようと緒方惟栄に助けを求めます。

「御内に候ふ菊池の次郎高直は、年来の敵で候ふ間、賜はつて斬つて後、頼まれ奉らん」と申す、判官左右なく賜うてけり。六条河原へ引き出だいてぞ斬つてける。その後維義領状す。

平家物語 巻第十二 判官都落より

『あなたところにいる菊池高直は私の敵だから斬りたい。こちらに差し出せばあなたに従います。』といった内容です。

義経は菊池高直を惟栄に差し出しこれを切り捨てます。惟栄は大物浦(兵庫県尼崎市)で義経を迎え入れ豊後国に向かいますが、途中で西から激しい風が吹き船団は壊滅してしまいます。義経は和泉浦に、惟栄は捕縛されます。

竹田市の岡城は緒方惟栄が源義経を受け入れるために築城したという伝説が残っています。

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2016.12.28

 

灌頂巻『六道之沙汰』

緒方三郎惟栄の館跡

さても筑前国太宰府といふ所にて、維義とかやに九国の内をも追ひ出だされ、山野広しといへども、立ち寄り休むべき所もなし。

平家物語 灌頂巻 六道之沙汰より

建礼門院が訪問してきた後白河法皇に会い自身の人生を六道輪廻に例えて語る場面。平家物語は灌頂巻『六道之沙汰』の次章『女院死去』建礼門院の死で幕を閉じます。

平清盛の娘として生まれた建礼門院(平徳子)は幼い頃から何不自由ない生活を送り、やがて高倉天皇の妻になります。そして安徳天皇を産むことで家と自身の安泰を確固たるものにしたかのように見えましたが、源頼朝の挙兵、木曽義仲や緒方惟栄の謀反で地獄のような経験をします。

親族が追い詰められて死んでゆく。壇ノ浦で息子の安徳天皇が入水。自らも海に身を投げるが拾われて生き長らえてしまいます。尼になり京都大原・寂光院で最期の時を迎えます。

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終わりに

緒方三郎惟栄の館跡

文治二年十一月、惟栄は上州沼田荘(現群馬県沼田市)に配流された。(中略)大神佐伯市系図によると、後に赦され佐伯荘に帰ったとされる。また、伝承では、赦されて帰る途中、速見郡山香郷で平家の祟りにより落馬して死んだとも云われている。

緒方三郎惟栄館跡の説明板より

以上が緒方惟栄についてでした。平家物語に名前が何回も出てくるのにあまり知られていませんね。

私が惟栄に興味を持った理由は配流先の上州沼田荘が親の実家だからです。まぁ、惟栄と沼田の関係を調べても情報皆無でしたが…。

いちち
何か痕跡が残っていれば面白かったのにな。

おしまい!



緒方三郎惟栄の館跡

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