運河に沈められた兵庫城跡へ!遺構が眠る新川運河とイオンモール神戸南店を眺める【兵庫の旅】

兵庫城

兵庫城は戦国時代に織田信長家臣の池田恒興によって築城されました。

江戸時代に入ると尼崎藩の領になり陣屋が置かれます。尼崎藩は建部氏から始まり戸田氏、青山氏を経由して桜井松平氏の松平忠興の代で明治時代を迎え廃藩になりました。

松平忠興は佐野常民、大給恒らと日本赤十字社の前身、博愛社を創設した人物です。

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2018.04.20

明治維新後、城跡に兵庫県庁が設置されましたが、すぐに別の所に移動されます。そして1875年(明治8年)、新川運河が開削され城跡の殆どが川底に沈められてしまいました。

 

兵庫城

一部残っていた陸地にはイオンモール神戸南が建っています。建設前に行われた発掘調査で石垣などが出土しました。

上の写真の石垣は当時使われていたであろう石を積み重ねたものです。

 

兵庫城

詳細は↑の説明板を見てください。

いちち
この記事、上の説明板だけあれば他はいらない気がしてきた…。

あっ、カメラを構えた私が説明板にうっすら映っている…。

 

兵庫城

この下に今も石垣などの遺構が保存されているということです。

私はイオンモールの開店時間前に兵庫城跡へ来たので中には入りませんでした。どうやら少しですが出土した遺構が展示してあるようです。

 

終わりに

兵庫城

遺構は殆ど残っていませんが、説明板に兵庫城のことについて納得のいく程度は書かれていたので満足です。

いちち
遺構が残っていた方が視覚的に楽しめるでしょう。しかし遺構がなかったとしても説明板などを見て『昔、ここに確かにあった』と想像出来れば、それはそれでいいと私は思います。

おしまい!



兵庫城

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