ジブリ美術館だけじゃない三鷹市の見どころ井の頭公園のかいぼり…etc.【東京の旅】

ここは三鷹市!

前回の記事で三鷹市内の太宰治ゆかりの地を巡りました。今回はそれ以外のスポット探索です。それでは始めます。

 

山本有三記念館

山本有三記念館時間があまりなかったので中には入りませんでした。

山本有三は大正から昭和にかけて活躍した栃木県出身の小説家、劇作家、そして政治家です。代表作で有名なのは「女の一生」と「路傍の石」ですかね。私自身は名前は聞いたことあるけど読んだことはない感じです。

もともとこの建物は山本有三の住まいでしたが、戦争に負けGHQにパクられました。結局最後まで御本人は戻り住むことが出来ませんでした。ヒドイネ!!!

 

三鷹の森ジブリ美術館

三鷹の森ジブリ美術館

 

三鷹の森ジブリ美術館残念。休館日です! 営業してても入りませんけどね。興味がないとかじゃなくて、一人じゃ無理はずかしい。まだ見学したことがないので、一回は入って見たいです。

 

黒門と道標

井の頭公園 表鳥居黒門。 かつて井の頭恩賜公園(井頭弁財天)の正門はここだったようです。現在はメインルートから離れているため知らない人も多いのではないでしょうか?

 

道標神田御上水源・井頭弁財天と刻まれた道標。黒門のすぐ隣にあります。なんで建立年側を撮影したのか?自分でもわかりません!延享は1744年~1748年。漢数字の「二」と年の間は何て書いてあるのだろうか。始めは「27」だと思ったのですが辻褄が合わない…。

 

紫灯籠

紫灯籠江戸紫と呼ばれた紫染関係者が1865年に寄進した灯籠。武蔵野に自生するムラサキソウと井の頭の水で染めたことが由来です。

 

 

井の頭弁財天

井の頭弁財天789年(延暦8年)に源経基が最澄作の弁財天女像を安置したのが始まりといわれています。経基はブログで何回か登場していますが、清和源氏の祖で平将門と争った方です。鎌倉時代に子孫の源頼朝が東国の平和を願ってお堂を建てました。南北朝時代には清和源氏の一流である河内源氏を祖にもつ新田義貞が鎌倉幕府の北条氏と戦う前に戦勝祈願をしたと伝わっています。

 

宇賀神宇賀神像。

老人の頭を持った白蛇。なんのホラーだよ…。頭部は老人だったり女性だったりするそうです。名前は日本神話の穀物神・宇迦之御魂神(いわゆるお稲荷さん)が由来とされています。
後に仏教で宇賀神と弁財天が合体されたらしく、弁財天の頭の上にポツンと宇賀神が乗っている宇賀弁財天が作られ信仰されるようになりました。

弁財天は財宝神、芸能の神、盲目の守護といったお忙しい方ですが、更に水の神様としても崇められています。海、川、湖などのほとりによく祀られていますね。井の頭弁財天も井の頭池のすぐ近くにあります。

 

井の頭池

井の頭池

 

井の頭池まさかのまさか。井の頭池が空っぽです…。これにはびっくりしました。井の頭池でも眺めながらゆっくりしようと思ったのに…。

 

かいぼり

かいぼり風景

 

かいぼり風景どういう状況かというと…。 どうやら『かいぼり』という作業をしているようです。

かいぼりとは「池の水を何かしらの方法で抜いて池底を乾燥させます。その際にヘドロやゴミ土砂を取り除き、堤防や水路の点検を行います。在来生物を保護するため外来生物の駆除も行います。」

なかなか見れない風景だったようです。池の水が無くて最初は「なんだよ」と思いましたが、『かいぼり』という言葉と意味を知ることが出来たので勉強になりました。ケッカオーライ!

 

神田川源流

神田川源流神田川の源流です。かいぼりの影響でどぶ臭い泥水が流れていました。水槽の砂利掃除と同じ匂いがプンプン漂う感じ。

 

野口雨情の碑

野口雨情の詩井の頭恩賜公園は三鷹市と武蔵野市にまたがっています。井の頭池は三鷹市、動物園は武蔵野市という感じで市別で記事を書く私としては面倒です。日本三大童謡詩人のひとり『野口雨情』は武蔵野市に住んでいました。井の頭自然文化園本園内(武蔵野市)に野口雨情の書斎が移築されています。

じゃあこの詩碑も武蔵野市側に置けばいいのにと私は思うのですが三鷹市側にあります。 理由はわかりません。

詩碑内容『鳴いて さわいで 日の暮れごろは 葦に 行々子 はなりゃせぬ』葦は「よし」。行々子は「よしきり」と読みます。どういう意味だろう?「鳥うるせーよ、でもそれがいい。」みたいな感じかな。日本三大童謡詩人ほか二人は『北原白秋』『西條八十』です。

 

お茶の水井戸

御茶ノ水普段は水が流れているはずです。

徳川家康が鷹狩に来た際にここの湧き水を使いお茶を点てました。その味がとてもよかったので贔屓にしました。だからお茶の水と呼ばれています。ちなみに都心にある御茶ノ水も似たような由来で現在の御茶ノ水付近に外堀を掘った時、たまたま見つかった湧き水でお茶を点て美味しかったから。

井の頭の由来もここからで一番の(頭)井戸⇒井之頭。パワースポットらしいですよ!

 

鷹場標石

鷹場標石井の頭恩賜公園を後にして。三鷹市役所へ。

市役所の裏にひっそりと立つ鷹場標石。鷹場の区域を示すための標石です。この辺りは尾張徳川家のゾーンだったそうです。7基の鷹場標石が建てられたという記録が残っていますが、現在残るのは市役所裏と長久寺、野崎2丁目の吉野泰平氏邸内の3基。

 

龍源寺 近藤勇の墓

龍源寺三鷹市の南西方面へ。曹洞宗大澤山龍源寺。

 

近藤勇の墓 新選組局長の近藤勇の墓です。詳しくはいつかまた!(長くなっちゃうからね) 

ここは三鷹市と調布市の境付近にあります。お墓とセットで載せたかったのですが生誕地(近藤神社)と道場は調布市側。

 

掩体壕

掩体壕

 

掩体壕

 

飛燕掩体壕(えんたいごう)と飛燕(ひえん)。一言でいえばシェルターです。人員、装備、飛行機などを爆撃から守るために作られたものです。 飛燕は戦時中に使われた戦闘機。日本軍のネーミングセンスには脱帽です。かっこよすぎる!

三鷹市編はこれで終わり。他にも戦国武将柴田勝家に関係する場所とかあったのですが時間が足りませんでした。また訪れたら追記します。 

おしまい!



飛燕

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いちちと申します。 休日の殆どを一人旅に費やしています。いつか流浪の民になって日本中を周って過ごしたい。歴史、B級スポット、心霊スポットのネタが多めな旅行記ブログです。 コメント待ってるよー!