ワイン醸造用ぶどうのメッカ!勝沼町の歴史について【山梨の旅】

日本ワインといえば山梨県の勝沼が有名です。何故勝沼が有名なのか?と問われれば歴史があるからと私は答えます。正直な話、安価で上質かつ美味しいワインは山梨県勝沼以外でも多く存在しています。

例えばお隣の長野県、冷涼な北海道、九州の熊本や宮崎でも個性を生かした素晴らしいワインが造られています。しかし当分の間は勝沼がTOPに居続けると考えます。何故なら明治期に本格的ワイン醸造が開始された勝沼と初動に関わった人物の偉大さはなかなか日本人の記憶から消えないからです。

ただ勝沼のワインだから売れるという時代はすでに終わっています。実際日本ワインに詳しいソムリエたちの目線は以前ほどここを重要視しなくなりました。といったものの最高にうまいワインが勝沼で生産されていることに異論はありません。

土壌、風土、気候など土地柄がワイン造りに大きく影響することは間違いないのですが、私はそれ以上に生産者の力が最高のワインを創造すると思っています。勝沼、長野、北海道だから美味しいじゃなく○○さんのワインだから美味しいといった感じで。まぁこれは世界各国共通ですね。

つまり何がいいたいかというと『片寄った情報に惑わされずにワインを飲むともっと楽しく有意義なワインlifeが送れますぜ!』ってことです。補足ですがあまり打ち解けていない仲間とワイン飲むときは聞き役にまわるか沈黙して飲みましょう。親しくないワイン好きの講釈ほどややこしいものはないです。結構間違っていること平気でいうし。でも仲良くなったらなんでもokよ!

ってなわけで勝沼のワインに関する場所を少しだけ周ってきましたので紹介します。

 

大善寺

大善寺柏尾山(かしおやま)大善寺はぶどう寺といわれています。謂れは718年に日本の僧、行基が甲斐の国を訪れ柏尾山で修行した時のことです。行基が眠りにつくと夢の中でぶどうを持った如来が現れました。朝起き忘れぬよう夢の如来を彫って安置したのが大善寺の始まりです。また行基は薬としてぶどうをここに伝えたともいわれています。

これが日本固有品種の甲州誕生話として有名です。甲州種の誕生は大善寺説と雨宮勘解由が山道で発見して植えた説の二つが有名ですね。ソムリエ資格試験でもよく出題されています。

甲州種はヨーロッパの品種が中国あたりでアジア系のとげぶどうと交配し日本に入ってきたのが定説ですが実際どうやってやってきたのでしょうかね?

 

鳥居平


鳥居平鳥居平の頂上から勝沼を撮影。

鳥居平は有名なぶどう畑でワインも造られています。ただワイン用のぶどうより生食用のぶどうに適した畑という話を風の噂で聞きました。毎年10月の第一土曜日に行われる甲州市かつぬまぶどう祭りで鳥居焼きが行われます。

 

ぶどうの丘

ぶどうの丘ぶどうの丘には宿泊施設や温泉があり旅行者でに賑わっています。また様々な生産者の勝沼ワインが販売されているのでワイナリーにまわる時間が無くてもここで完結できないこともないです。まぁ直接ワイナリー巡りした方が楽しいですけどね!

 

土屋龍憲と高野正誠


土屋龍憲と高野正誠左側が土屋龍憲(ちやりゅうけん)、右側が高野正誠さん(たかのまさなり)。両者は日本ワインの歴史上押さえておきたい重要な人物です。

明治10年に大日本山梨葡萄酒会社(村葡萄酒会社)設立されました。ワイン造りを本格的に出来る人材そして指導する人間を育成するために若い土屋龍憲と高野正誠がワインの本場フランスへ『一年以内に習得できなければ自費で勉強してこい』という条件付きで留学させます。

明治10年12月28日に栽培、醸造を学ぶためトロワに向かい明治12年3月23日に帰国。と記録に残っています。移動に恐ろしく時間がかかることを考慮すればどうにか間に合ったのかな?

残念ながら明治19年に大日本山梨葡萄酒会社は解散してしまいますが二人はその後もフランスで得た知識を広め日本ワインの基礎を作りました。ちなみに大日本山梨葡萄酒会社はメルシャンのルーツです。

 

終わりに

塩山塩山市の塩ノ山。

ここも良質なワインを造る生産地の一つです。

塩山の名の由来は四方から見える山しほうのやましおのやまだそうです。

山梨で塩と聞いて思い出したのは武田信玄と上杉謙信の美談『敵に塩を送る』と関係があるのかな?と連想しましたが、全く関係なかったようです。

おしまい!



鳥居平

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いちちと申します。
休日の殆どを一人旅に費やしています。いつか流浪の民になって日本中を周って過ごしたい。歴史、B級スポット、心霊スポットのネタが多めな旅行記ブログです。

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