天下の義人って?茂左衛門地蔵尊に参拝しよう!【群馬の旅】

群馬県の方なら皆さんご存知でしょう。 上毛かるたの『て』天下の義人・茂左衛門

ところで茂左衛門が何時代の人でなんで天下の義人と呼ばれているのかを知っている方は少ないのではないでしょうか? というわけで月夜野にある茂左衛門地蔵尊千日堂に行って勉強してきました。

それでは参りましょう!

住所は群馬県利根郡みなかみ町月夜野491です。

 

茂左衛門地蔵尊千日堂

茂左衛門地蔵上の写真は本堂にある茂左衛門地蔵です。※撮影許可得ています。
茂左衛門は1600年代の半ばから後半にかけて活躍した農民です。 本名は杉木茂左衛門。
当時、沼田藩は真田信利が治めておりました。

 お金がないのに見栄を張って5層の天守閣を建てたり、幕府に嘘の石高を教えたり、幕府から橋を改修するための材料を頼まれていたのに納期に間に合わなかったり。と散々。結果改易されました!改易は今でいう更迭。降格。

このため沼田藩の民衆は重税でかなり苦しんでいました。(餓死者がでるくらい)そこで立ち上がったのが茂左衛門です。まずは幕府のお偉いさんに直訴しにいきます。しかし門前払い!

そこで直接ではどう考えても無理だと悟った彼は策を講じます。上野輪王寺(寛永寺)の文箱を巧妙に似せて作り、これに直訴文をしたためて茶屋にわざと忘れてきます。(輪王寺、寛永寺は徳川家光開基、南光坊天海開山なので幕府と密接な関係)

するとそれを見た茶屋の主人は驚きこれを輪王寺に届けました。寺のお坊さんもこれを無視するわけにもいかなく幕府へ。手紙が幕府に届き、将軍の耳に入り直訴成功となりました。(このとき5代将軍綱吉幕府は調査のため沼田藩に使者を送り内情を把握。→真田信利改易! 

沼田に平和が訪れる。

これで話が終わればハッピーエンドでよかったのですが終わりません。 当時、将軍への直訴は重罪で家族もろとも磔刑に処されてしまいます。(磔刑は磔にして槍などで数回串刺しにする処刑の一つです…。)

なんと茂左衛門はこんなにも偉大な功績を残しながら妻子もろとも磔刑になり殺されてしまいました…。 なんとも胸糞悪い話です。

 

ちょっと怖い・・・。千日堂裏の地蔵群

茂左衛門地蔵尊千日堂千日堂の。外観です。この中に茂左衛門地蔵があります。そしてこの裏に地蔵が数体あるのですが・・・。

 

青面金剛庚申信仰の尊像。青面金剛(しょうめんこんごう)。 庚申の説明は難しいからまた今度。干支関係です。

 

如意輪観音像

 

聖観音像如意輪観音像と聖観音像。

 

地蔵菩薩地蔵菩薩。 
民間信仰では道祖神、子供の守り神だったりします。釈迦入滅後、五十六億七千万年後に救済者弥勒菩薩が登場するまでの間、衆生を救うのが地蔵菩薩。

 

終わりに

最後の写真の右側にいらっしゃるお地蔵様。顔がない…。

おしまい!



茂左衛門地蔵尊

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いちちと申します。 休日の殆どを一人旅に費やしています。いつか流浪の民になって日本中を周って過ごしたい。歴史、B級スポット、心霊スポットのネタが多めな旅行記ブログです。 コメント待ってるよー!