石垣原の戦いとは?豊後大友氏最後の合戦【大分の旅】

天下分け目の合戦、関ヶ原の戦いは各地の大名や浪人らの思惑が入り乱れた壮大な物語になっています。九州では豊後大友氏の再興を目指す大友義統と東軍の徳川家康に付いて九州統一を狙った黒田官兵衛が石垣原という場所で死闘を繰り広げました。結論からいいますと黒田官兵衛の勝利で大友義統の再興の夢は叶いませんでした。

それでは石垣原合戦古戦場を紹介します!

 

石垣原の戦いについて

豊後大友氏は21代宗麟の時代に薩摩の島津氏との戦い(豊薩合戦)で豊臣秀吉の助けを乞うたため豊臣傘下に入っていました。しかし22代義統が朝鮮出兵で敵前逃亡したことが秀吉の逆鱗に触れ改易になってしまいます。

 

大友義統本陣跡

石垣原の戦い
1598年に秀吉が亡くなり義統は赦され再び豊臣氏に仕えることになりますが、豊後国の領地が返されることはありませんでした。

関ヶ原の戦いで義統は息子の義乗が徳川家康に仕えていたため東軍として参加するつもりでしたが毛利輝元や石田三成に西軍の味方をするなら豊後領を与えるといわれたため西軍に付き九州に入り別府の立石に陣を構えます。

 

大友左翼・宗像掃部鎮統の陣跡

石垣原の戦い豊後大友氏が改易になり散り散りとなった旧臣の一部は義統に従い集まり始めます。

宗像掃部(むなかたかもん)は恐らく福岡県の宗像大社に縁ある人物ですが詳細はわかりません。彼はここ御堂原の台地に布陣し大いに活躍しましたが激戦の中で討ち死にしたといわれています。

 

石垣原の戦い御堂原からの眺めです。真ん中にある小高い山が黒田・細川軍の本陣です。

 

大友右翼・吉弘統幸の陣跡

石垣原の戦い吉弘統幸は豊後大友氏の重臣で岩屋城の戦いで有名な高橋紹運や後に返り咲く立花宗茂と同族です。かなり優秀な一族だったようです。統幸も東軍に付くべきと判断し義統を説得しますが譲らないため仕方なく西軍として戦いました。

 

石垣原の戦い吉弘統幸陣からの眺め。マンションが無ければ黒田・細川本陣がよく見える位置です。吉弘統幸は黒田・細川本陣がある実相山の麓まで迫りますが逆襲を食らい討ち死にします。恐らく統幸は代々大友氏にお世話になったという忠義のためだけに戦ったのでしょう。

 

石垣原古戦場跡の碑

石垣原の戦いここには石垣原の戦いで戦死した兵を弔う五輪塔や供養塔が並んでいます。

 

石垣原の戦い吉弘統幸の辞世の句。

あすは誰が 草の屍や てらすらん

石垣原のけふの月影

 

激戦地の七ツ石

石垣原の戦い両軍は山を下り何度も刃を交えました。この七ツ石付近で激しい戦闘が行われ原野は真っ赤に染まったと伝わっています。現在ここには七ツ石稲荷神社と七ツ石温泉があります。

 

黒田官兵衛本陣跡

石垣原の戦い黒田官兵衛はどのような思惑で進軍したのか。

西軍の城を落としつつ敵兵を仲間に受け入れ軍を拡大。薩摩の島津氏と結託し徳川家康に反旗を翻す。諸大名を味方に付け天下統一を目指す。

とかよくいわれていますね!

息子の長政が関ヶ原での活躍したことで家康から握手を求められ手を握り返しました。そのことが嬉しくて官兵衛に伝えたそうです。官兵衛は聞きました。『どっちの手で握手した?』長政は『右手だけど?なんで?』と。すると官兵衛は『お前の左手は何をしていたんだ!!!

創作でしょうが面白いですね。これは左手で家康刺していれば俺が天下取れたのに!という官兵衛の野心を表現しています。

実際のところどうだったのかな?私は天下を狙うまでは考えていなかったと思っています。根拠はないですけど。

 

黒田先行隊・時枝鎮継陣跡

石垣原の戦い時枝氏は宇佐神宮弥勒寺の寺務方を代々務めた家系です。反大友勢力で九州征伐後に豊臣秀吉に従い黒田氏が中津に入封してから協力するようになりました。石垣原の戦いでは主力武将として先行隊を任されました。

 

黒田・細川の本陣跡

石垣原の戦い黒田・細川軍はここ実相山に本陣を構えました。現在仏舎利塔が建っています。

 

石垣原の戦い実相山から見る景色。写真真ん中の山の麓辺りが大友義統本陣。左端の麓に吉弘統幸の陣がありました。お互いの軍がよく見える位置で戦ったのですね。

大友軍約2000人。黒田軍約10000人。序盤こそいい勝負出来ましたが多勢に無勢…。大友氏は重要な家臣たちを失い降伏します。

 

終わりに

石垣原の戦い大友義統はこの海雲寺で剃髪し降伏しました。義統は幽閉され1605年に無念の内に亡くなります。官兵衛は石垣原の戦いが終わるとすぐに幾つかの城を落とし更に進軍します。しかし徳川家康から進軍STOPの命が下りそれに従います。その後、ご存知の通り江戸幕府が開かれしばらくの間日本に平和が訪れましたとさ。

おしまい!



石垣原の戦い

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


ABOUTこの記事をかいた人

いちちと申します。 休日の殆どを一人旅に費やしています。いつか流浪の民になって日本中を周って過ごしたい。歴史、B級スポット、心霊スポットのネタが多めな旅行記ブログです。 コメント待ってるよー!