兵庫県

兵庫県

なんで竹中半兵衛のお墓がここにあるの?【兵庫】

竹中半兵衛(重治)は美濃国(現在の岐阜県)に生まれた戦国武将です。初めは稲葉山城(後の岐阜城)の斎藤氏に仕えますが、主君の放蕩ぶりに見切りをつけた半兵衛は安藤守就らとともに稲葉山城を乗っ取っています。しばらく戦い続けた後、城を明け渡し下野しました。
兵庫県

有岡城へ!荒木村重の謀反と信長公記【兵庫】

伊丹城は摂津の国人衆・伊丹氏が南北朝時代に築城したと伝わります。戦国時代になると織田信長の配下である荒木村重が伊丹城を攻め落とし入城しました。村重は伊丹城を居城と定め、大改修を行った後、有岡城と改名。さて、荒木村重という武将、このあと大変な事件を引き起こしてしまいます。今回は有岡城跡の風景と共に荒木村重の人生、そして有岡城の戦いについてみていきましょう。
兵庫県

芦屋の谷崎潤一郎記念館へ!文豪・谷崎潤一郎の生涯【兵庫】

谷崎潤一郎 人と文学 表紙より『なんだか気持ち悪い……。このねっとりとした余韻はいつまで続くのか?』【痴人の愛】を読み終えてそう感じた。谷崎は【文章讀本】で以下のように記している。仮りに私が、名文とはいかなるものぞの質問に強いて答えるとしま...
兵庫県

三木の干殺しとは?三木城の歴史について【兵庫】

兵庫県三木市の三木城跡に訪れた。戦国時代、羽柴秀吉は三木城を兵糧攻めにて攻略した。余りに凄惨な戦いだったため三木の干殺しと名付けられ、現在まで語り継がれている。故に曰く付きの場所、所謂心霊スポットとして紹介されることもある。では、三木城の歴史を詳しく見て行こう。
兵庫県

姫路城と怪談・播州皿屋敷のお菊井について【兵庫】

姫路城内にある『お菊井』。この井戸は播州皿屋敷の怪談で有名なお菊井戸といわれています。1500年頃、姫路城主・小寺則職の執権・青山鉄山が家来の町坪弾四郎と謀反を画策していました。そのことを探らせようと則職の忠臣・衣笠元信がお菊を青山家の女中として送り込みます。
兵庫県

国宝&世界遺産・白鷺城こと姫路城へ【兵庫】

1545年に小寺則職が御着城が移ると家臣の黒田重隆に城を任せます。入城した黒田重隆・職隆親子によって姫山の地形に合わせた城郭が拡張されました。職隆の息子・黒田孝高の代になると織田信長の傘下に入り、羽柴秀吉と共に播磨を平定。1580年、黒田孝高は中国攻略の足掛かりとして姫路城を秀吉に譲渡します。