心霊スポット・宇土殺とは。撤去された廃墟の真実は如何に?【熊本の旅】

宇土殺はかつてあった廃墟の心霊スポット。今はもう門しか残っていない。

2016年(平成28年)4月に起きた熊本地震で建物損壊、そのまま撤去されてしまったそうだ。

名前にインパクトがあったせいか東京にいた頃から知っていたし、見てみたいと思っていた。

まさか、本当に訪れるときが来ようとは思わなんだ。といってもただ前を通っただけなのだが。

 

宇土殺について

宇土殺

場所については心霊スポットを専門にしている他のサイトを参考にどうぞ。

宇土殺(うとさつ)。

誰が付けた名前か知らないが、命名者のセンスがある意味で素晴らしい。一度見聞きしたら忘れないインパクトがある。

『宇土市+殺人』の意味だと思う。

数十年前にここで殺人事件があり、その後廃墟になったらしい。一家惨殺とか夫人が殺害されたとか様々な話が交錯している。

インターネット上に断片的な情報は存在するが、嘘か本当かわからなかった。

いちち
気になるので本格的に調べることにした。

 

G-Searchデータベースサービスで検索

遺産係争の真っ只中で惨殺された、元市議(熊本県宇土市)未亡人(32)の「五号から正妻への道」
1982.10.07  週刊文春 24(39) 150~152頁

G-Searchデータベースサービス 日外アソシエーツ雑誌目次情報より

引用文はG-Searchデータベースサービス(有料)という昔の新聞や雑誌を検索できるサイトにあった見出し文。残念ながらこれの本文は見つからなかった。

地方紙の熊本日日新聞も調べたが1982年の記事はデータベースに登録されていなかった。

いちち
熊本市立図書館で過去の熊本日日新聞を見れるということなので少し遠いけど行ってきた。

 

熊本市立図書館でリサーチ

G-Searchデータベースサービスに『1982.10.07』とあるのでそこから遡って調べてみることに。

それ程時間を掛けることなく発見することが出来た。

・熊本日日新聞 昭和57年(1982年)9月21日火曜日の朝刊

・熊本日日新聞 昭和57年(1982年)9月22日水曜日の朝刊

新聞のコピーを取って来たのでそのまま載せたいところだが著作権の問題でそれは難しい。

少しだけ引用しよう。

二十日正午前後に土足で上がり込んだ犯人ともみ合いになり、刺し身包丁で首を刺されたあとネクタイで絞めて殺されたことが分かった。(中略)アゴの刺し傷は三つあり、二つは浅かったが、一つは幅二.六㌢、深さは十㌢近くもあり、中には長さ数㌢の包丁の先端部が欠けたまま残されていた。

熊本日日新聞 昭和57年(1982年)9月22日水曜日の朝刊より抜粋

被害者は宇土市築籠町に住んでいた元宇土市議の未亡人。金融業やアパート経営を生業としていたとある。

新聞に記載されている地図が宇土殺の場所と一致しているのでここで殺人の現場であることはほぼ間違いない。

因みにこの事件は未解決で時効迎えたらしい。探せば時効の記事も見つけることが出来るかもしれないが、流石にそこまでの時間はなかった。

いちち
これ以上の情報提供は控えさせていただく。詳細を知りたい方は私がしたように熊本市立図書館で調べて欲しい。

殺人や自殺が起きた事故物件は意外と多い。ただ数年経てば忘れ去られ、また人が住んだりお店になったりする。

宇土殺は余りにインパクトが強い事件だったうえに30年近く撤去されなかったのが原因で有名な心霊スポットになってしまったのだろう。

 

終わりに

宇土殺をインターネットで画像検索すると撤去された廃墟の内部写真を見ることが出来る。

間違いなく不法侵入なわけだが勇敢な侵入者はお構いなしだ。

門だけになった今、招かざる客は減ったに違いない。

おしまい!

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宇土殺

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