大分県

吉弘城跡と豊後大友氏に仕えた吉弘氏について【大分】

吉弘城は西ヶ谷の城山頂上に築かれた山城です。1334年(建武1)に吉弘氏初代の正堅によって築城されたと伝わります。遺構は石畳や土塁、竪堀、石垣などが残っているようです。
心霊スポット【まとめ】

私が実際に訪れた静岡県の心霊スポット10ヶ所を紹介する

私が実際に訪れた静岡県の心霊スポットをまとめ形式で紹介します。各項目に記事のリンクを張りますので、詳しく知りたい方はリンクから飛んでご覧ください。それでは参りましょう!
静岡県

大学研修施設の廃墟・伊豆大川セミナーハウス【静岡】

静岡県賀茂郡東伊豆町にある廃墟・伊豆大川セミナーハウス。日本大学八十年記念館所蔵資料目録に『昭和四一年(一九六六)一一月九日 伊豆大川セミナー・ハウス竣工(静岡県東伊豆町)』の表記あり。建物の遠望写真も貼付されている。
福島県

横向温泉の歴史と心霊スポットについて【福島】

横向温泉ロッジには心霊スポットの噂が流れている。オカルトサイトや廃墟サイトでは、・経営に行き詰ったオーナーが自殺した・火事で大勢の宿泊客が死亡した・子供の幽霊が出る・稲川淳二氏がラジオ、もしくはテレビで紹介した
東京都

自殺の名所として有名になってしまった新小岩駅【東京】

自殺の名所のレッテルを貼られてしまった新小岩駅であるが、2019年以降は自殺件数が減少している。というか殆ど発生していない。一体何が起こったのだろうか?2018年12月8日より成田エクスプレスなどの特急が通過する総武快速線3、4番線にホームドアが設置されたのが大きな要因になっている。
神奈川県

くらやみ坂を歩く。横浜の監獄&処刑場、戸部刑場跡へ【神奈川】

『くらやみ坂』は暗闇坂、或いは鞍止坂とも表記される。前者は『この付近が木々に覆われていて暗かったから。』『刑場があって不気味な雰囲気だったから。』という意味が込められている。後者は『急坂だったので人や馬が止まりながら苦労して登った。』または『馬を停める程にここからの景色が抜群だったから。』といった感じらしい。
東京都

碑文谷踏切事故に関する鉄路犠牲者供養塔跡と責任地蔵尊【東京】

1918年(大正7)5月19日午前1時05分、銀行員の新井慶藏(34)が乗っていた人力車が南品川の踏切で貨物列車に激突され命を落とした。運転手は咄嗟に離れたので事なきを得ている。当時の踏切の係は須山由五郎(43)と竹内芳松(45)の二人であった。
神奈川県

打越橋の歴史と橋脚にある地蔵尊の由来について【神奈川】

牛島坂より眺める朱色の映えるアーチ陸橋。打越橋は関東大震災の復興事業の一環で架けられた。竣工年は1928年(昭和3)8月9日。橋脚の脇に可愛らしい地蔵尊が祀られている。オカルト界隈では『自殺者の霊を慰めるために安置された地蔵云々…。』と。
東京都

分倍河原の戦いと三千人塚【東京】

厳重に柵に囲まれた小さな塚に立派なエノキの木が生え、その根元には青みがかった板碑が安置されている。この塚は新田義貞による鎌倉攻めの一環で発生した分倍河原の戦いの戦没者を弔うために建てられたという伝承から三千人塚と名付けられた。
大分県

夷耶馬の中山仙境を登山して、夷谷温泉で汗を流す【大分】

大分の国東半島北部に位置する夷地区には耶馬渓になぞらえた夷耶馬と呼ばれる景勝地があります。登山道の中山仙道は奇勝や奇石に設けられた鎖場を進むため少やや難易度が高めですが、嬉しい事に麓には小さな温泉があるので登山で疲れた身体を癒してくれます。今回は夷谷温泉と中山仙道登頂についての紹介です。それでは参りましょう!
群馬県

不思議な奉納品が並ぶ珍スポット・藤瀧不動尊【群馬】

群馬県みどり市の藤瀧不動尊にはちょっと不思議なものが奉納されています。初めて訪れたときは驚きました!何も知らずにこれを見たらちょっと怖く感じるかもしれません。薄暗い雰囲気も相まって……。藤瀧不動尊はややわかりづらい場所にありますので、まずはアクセス情報を紹介します。
大分県

国宝・臼杵石仏(磨崖仏)と巡る人の一生【大分】

大分県は『まがいぶつ県』といっても過言ではありません。その数は日本一クラス。近畿、中部地方から始まったとされる磨崖仏文化は各地に広がり全国に知られるようになりました。今回訪れた臼杵磨崖仏は日本全国にある磨崖仏のなかで唯一国宝に指定されていま...
愛知県

名古屋城とその歴史について【愛知】

名古屋城築城には多くの大名が関わっています。天守石垣を担当した加藤清正を始め、福島正則、黒田長政、池田輝政、細川忠興etc……。これは対豊臣秀頼を想定しての天下普請(幕府が大名に命じた土木工事)でしたが、外様大名の競争心を煽って忠誠心を確かめるため、また彼らの勢力拡大の阻止を狙った政策だったようです。
滋賀県

大一大万大吉!石田三成の居城・佐和山城の歴史【滋賀】

佐和山城といえば石田三成。石田三成は1590年くらいから1600年までここを居城にしていた戦国武将です。豊臣秀吉に目をかけられ出世まっしぐらだった彼ですが、徳川家康と対立し関ヶ原の戦い後に人生の幕を閉じました。今回は三成の過ごした佐和山城がどんな場所か気になって訪れました。
群馬県

子育てのご利益があるパワースポット・呑龍様【群馬】

呑龍上人が大光院に着任したのは1613年(慶長18)。58歳のときでした。その当時は乱世が明けて間もなく地方の秩序は乱れていました。特に男女の不義が激しく、望まれず生まれてきた赤子を殺したり、年端もいかない子供を山に捨てたりする行為が平然と行われていたそうです。
群馬県

雨冠に児でなんと読む?川場の吉祥寺訪問記【群馬】

川場村の吉祥寺は鎌倉建長寺を本山とする臨済宗の禅寺で創建は南北朝時代にさかのぼります。写真の釈迦如来像も鎌倉時代後期から南北朝時代に彫られたものと伝わります。寺内をうろついていると係員の方からクイズを出されました。「雨冠に児でなんと読むでしょう?」私は全く分かりませんでした。
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