古戦場

福島県

母成峠の歴史と心霊の噂の真相!戊辰戦争の激戦地を歩く【福島】

福島県と猪苗代町の境にある母成峠(ぼなりとうげ)は心霊スポットと噂されますが、実は新選組や会津藩が新政府軍と激突した戊辰戦争の激戦地です。謎めいた地名の由来から、戦国時代の防塁、そして幕末の悲劇まで。歴史の爪痕が残る古戦場を徹底解説します。
石川県

日本五大山城・七尾城跡の歴史!畠山氏の栄枯盛衰と上杉謙信の侵攻【石川】

日本五大山城の一つ、石川県七尾市の「七尾城跡」を徹底解説。能登畠山氏の栄枯盛衰から上杉謙信との攻防、アクセス情報までディープに紹介します。今なお残る美しい石垣や城下町の歴史を現地で体感してみませんか?
大分県

鶴崎の歴史と、乙津川の戦いを勝利に導いた女城主・妙林尼の活躍【大分】

大分市鶴崎の歴史と、豊薩合戦で島津軍を破った女城主・妙林尼(みょうりんに)の活躍を解説。巧みな奇襲で勝利を収めた「乙津川の戦い」、今も残る千人塚地蔵尊まで詳しくご紹介します。
群馬県

天然要害・真田氏ゆかりの岩櫃城跡へ【群馬】

岩櫃城の築城者および築城年はわかっていません。一説によると1400年くらいに越前国(福井県)からやってきた斎藤憲行によって築かれたといわれています。戦国時代、斎藤氏は上杉謙信の後ろ盾を得て、吾妻一帯を掌握するほどの勢力をもっていたそうです。しかし1560年代、上野(こうずけ)侵攻を目論む武田信玄に狙いを付けられてしまいます。
大分県

難攻不落の天然要塞・岡城跡の歴史【大分】

九州地方の覇権を争う大友氏と島津氏は、戦国時代後期になると各地で激しい合戦を繰り広げました。豊後国(大分)の大名である大友宗麟は大友氏の最盛期を築いた人物でもあり、没落のきっかけを作った人物でもあります。大友氏が衰退していくなか、勢力を伸ば...
新潟県

上杉謙信の居城・難攻不落の春日山城へ【新潟】

新潟県上越市にある春日山城跡は春日山(標高189m)に築かれた難攻不落の山城です。其名の由來は文明年間越後の守護上杉房定が此山麓に春日神社を南都から分靈したのに起因し、山容は大鵬の翼を張つた形に似、頂上に八朶の峯があるが故に一名を八ヶ峯と云...
兵庫県

有岡城へ!荒木村重の謀反と信長公記【兵庫】

伊丹城は摂津の国人衆・伊丹氏が南北朝時代に築城したと伝わります。戦国時代になると織田信長の配下である荒木村重が伊丹城を攻め落とし入城しました。村重は伊丹城を居城と定め、大改修を行った後、有岡城と改名。さて、荒木村重という武将、このあと大変な事件を引き起こしてしまいます。今回は有岡城跡の風景と共に荒木村重の人生、そして有岡城の戦いについてみていきましょう。
千葉県

流山市の飛地山について調べたので紹介する【千葉】

流山市役所の南に位置するこの場所は飛地山と呼ばれる。その曰くから『血』の字が当てられ飛血山と称される事もあるようだ。千葉縣東葛飾郡誌に記述と図面よると葛飾県が成立してから、つまり明治時代に入ってから牢獄や刑場が設置されたことが分かる。
大分県

豊薩合戦・戸次川の戦いと長宗我部信親のお墓【大分】

長宗我部元親が提言したように先陣が戸次川を渡ったところで伏兵の銃撃に遭い壊滅、後陣はこれを見て引き返そうとしたところ島津勢は早々に川へ入り追い討ちします。土佐物語によると仙石秀久は小倉の城へ、大友義統は妙見龍王の城へ逃げ込んだとあります。
宮崎県

フロイス日本史から見る耳川の合戦【宮崎】

耳川の戦いは1578年に大友宗麟と島津義久の間で行われた合戦です。この戦いで大敗を喫した大友氏は没落の一途を辿ることになります。今回はルイス・フロイスの日本史を参考にしながら耳川の戦いについて書きます。耳川で起きた戦いだと思われがちですが、実際は高城という城を巡って争われました。
神奈川県

新田義貞の鎌倉攻めに関する十一人塚について【神奈川】

十一人塚は1333年(元弘3)に起きた新田義貞の鎌倉攻めに関係する史跡です。新田氏の一族である大館宗氏は極楽寺の切通しから鎌倉に攻め込みました。北条方の本間山城左衛門は兵を率いて大館宗氏の本陣に切り込み宗氏以下11名を討ち取ったといいます。
石川県

大聖寺城跡(錦城山公園)が心霊スポットと言われる理由【石川】

石川県加賀市にある大聖寺城跡(錦城山公園)。城跡は錦城山公園として整備され、加賀市の文化財の指定を受けている。遺構は曲輪や土塁・空堀。また江戸時代に置かれた大聖寺藩の陣屋も城跡の一部で、藩主の休憩所として建てられた長流亭は国の重要文化財に指定されている。
鹿児島県

西南戦争の最期の舞台、城山公園を歩く【鹿児島】

城山には心霊スポットの噂が流れている。武士の霊、少女の霊、子供の霊、トンネルでずぶ濡れの霊などなど、様々な噂があるようだ。あまり認めたくないけれど、城山の戦いでは戦死者が出ているし、彼らは最後の武士であったわけだから武士の霊が出るというのは、なかなか説得力がある。
茨城県

笠間城になぜ心霊スポットのうわさが流れているのだろうか?【茨城】

笠間城の曰くとして最も興味深いのは大黒岩の伝説だろう。大黒岩の他に井戸にまつわる曰くもあるようだ。『城内の井戸に女性の遺体が投げ込まれた』とか『ホラー映画【リング】に登場する貞子の井戸のモデルなった場所』だとかまことしやかな噂が囁かれている。
茨城県

茨城県の小幡城にまつわる心霊スポットのうさわ【茨城】

小幡城が落城の際にお姫様が家宝の金の鳥を抱え井戸に身を投じたという話が伝わっている。茨城町教育委員会が現地に設置した説明板にこの話が書かれていることから察するに、史実かどうかは別として姫の悲話は古くから当地に言い伝えられてきたのだろう。
山梨県

武田氏滅亡の地に訪れて。侍女16名が殉死したと伝わる姫ヶ淵…etc.【山梨】

姫ヶ淵は武田勝頼の継室(北条夫人)に付き従った侍女が身を投じた場所と伝わる。現地には激流の大渦を背景に北条夫人と16名の侍女が描かれた慰霊碑が置かれている。夫人が侍女たちに最期の指示を与えているシーンであろうか。