旧仲哀トンネルと西口彰事件について。旧犬鳴トンネルに次いでヤバいと噂される心霊スポットへ!

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福岡県の最恐心霊スポット・旧犬鳴トンネルに次いで恐ろしいと噂される旧仲哀トンネル。

(何を以て『次いで恐ろしい』なのかは知らないが…。)

では早速、旧仲哀トンネルが心霊スポットとして扱われるようになった理由を見ていこう。

最恐心霊スポットとして名高い旧犬鳴トンネルについては↓

残酷な描写があるため免疫の無い方はブラウザバックをおすすめする。

 

新仲哀トンネル

仲哀トンネル

福岡県の田川郡香春町と京都郡みやこ町を繋ぐ仲哀峠(またの名を七曲峠)を貫く新仲哀トンネル。

2007年(平成19)に竣工された新しいトンネルである。

ここに心霊の噂は無いと思われる。

 

新仲哀隧道

仲哀トンネル

新仲哀トンネルのすぐ隣にある新仲哀隧道。

こちらは1967年(昭和42)に竣工された。

不気味な雰囲気はあるが、ここにも心霊の噂は無い。

 

仲哀隧道(通称・旧仲哀トンネル)

仲哀トンネル

そして、旧仲哀トンネル。

正式名称は仲哀隧道と云う。

仲哀隧道は明治時代の近代化に伴って穿たれた。

1884年(明治17)に工事が始められ1889年(明治22)に貫通、1890年(明治23)に開通している。

長さ432m。高さ5.1m。幅6.1m。

国道から側道に入り、曲がりくねった峠道を登り切った所にある。

トンネルはフェンスで塞がれているため通り抜け出来無い。

幽霊が出ると云われるのはここだろう。

 

何故心霊スポットなのか?

仲哀トンネル

まずは『仲哀』の意味から見ていこう。

『哀』という字から何となく切ないような、悲しいようなイメージを持つかもしれないが、ここでの哀にそういう意味は無い。

『仲哀』は天皇の名前である。

日本武尊命の子で神功皇后を妻にしたと伝わる14代目天皇・仲哀天皇が峠及びトンネルの名の由来となった。

仲哀天皇が熊襲を討伐するため九州に渡り峠を通ったという伝説から名付けられたと云う。

仲哀天皇は九州の何処かで病気、或いは矢に射られて崩御したと伝わる。

ゆう
ゆう

名前の由来と心霊に結びつきは無さそうね。

仲哀天皇の実在は疑問視されている。

 

西口彰事件とは?

仲哀トンネル

トンネル入口にはフェンスがあって立入禁止になっている。
この写真は出来る限り手を伸ばして撮影した。
フェンスは無理やりこじ開けられ入れるようになっていたけれど、崩落の危険があるので立ち入らないようにしよう。

仲哀峠が死体遺棄現場になった殺人事件がある。

1963年10月(昭和38)から1964年1月にかけて起きた連続殺人事件で、犯人の名前から『西口彰事件』と呼ばれる。

西口彰は詐欺、窃盗、殺人などを繰り返し5人の命を奪った。

まず、専売公社(煙草や塩の専売事業を行った公共企業)の職員を金品目的で2人殺害。

そのうちの1人が仲哀峠で絞殺遺体として発見された。

その後、逃亡先の浜松で旅館経営の親子を殺害、更に東京で弁護士を殺害している。

熊本県で弁護士を装い或る男性に近づくが、男性の娘が指名手配犯だと気づいたことで逮捕され、最後は福岡拘置所で死刑に処された。

れい
れい

恐らくこれが心霊スポットとして扱われる所以だね!

仲哀トンネル

 

仲哀トンネル

 

仲哀トンネル

旧仲哀隧道の少し手前にあった猿田彦大神の碑。

横に『供養(為?) 正蔵寺 ?七』
裏に赤字で昭和四十六?三月建立 梅林??』

恐らくは庚申塔や道祖神の類だと思うが…。

昭和46年ってことは新仲哀隧道が完成してから建てられたものだ。

昔からある石碑なら余り気にならなかったけれど、ちょっと新しすぎる。

『西口彰事件関連か?』と想像したが、少しだけ時間がズレている。

西口彰の死刑執行が1970年(昭和45)12月なので、それに合わせて被害者のための供養塔を建立した可能性も捨てきれない。

ただ、死体遺棄現場は田川郡香春町。

この石碑は京都郡みやこ町側あった。

結局、石碑の詳細については分からず終いである。

 

終わりに

『女性の霊が出る。』『バスの事故があった。』『狐の嫁入り説』などなど。

他のサイトには様々なことが書かれているが、心霊スポットの根拠は西口彰事件以外見つからなかった。

殺人事件があった場所はどうしても負の印象が根強く残ってしまう。

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