
東武野田線・流山おおたかの森駅から豊四季駅方面に300m程行った先に、「野 第220号踏切道」通称・幽霊踏切(お化け踏切)があります。
実際に幽霊が出るかどうかは知りませんが、根拠を調べてみると、なかなかにユニークな逸話が残る踏切だということが分かりました。
幽霊踏切へのアクセス

流山おおたかの森駅の東出口、もしくは南出口から線路沿いを歩けば5分ほどで到着します。
駅から一番近い踏切で、傍らにある仏像が目印です。
幽霊踏切にまつわる逸話

1997年(平成9)7月17日の朝日新聞に、「お化けがいた踏切」という表題の興味深い記事を見つけました。少し要約してみます。
1960年代後半のこと。
当時は警報機や遮断機がなく、さらに周辺は草むらに覆われて、とても見通しが悪かったため、列車事故が相次いでいました。1969年(昭和44)の新聞には「5年で8名亡くなった」と記されています。
地域の自治会長は、何度も鉄道会社へ赴き踏切を設置するよう訴えましたが、なかなか設置には至りませんでした。
そこで、人形師にお化けの人形の制作を依頼。身長2m、足のない白装束のお化け人形を線路脇にブラブラと吊るしたのです。
”幽霊からみなさまへ ここでは必ず止まって左右を確認して”
この策が功を奏し、列車の事故は起こらなくなりました。
お化け人形は評判となり、時には盗難されることもあったそうです。1年程して念願の踏切が設置されると、お化け人形は役目を終え、お寺でしっかりと供養されました。
つまりここは、物理的に幽霊が存在した全国的にも珍しい心霊スポットなのです。
文中に登場する、お化け人形を設置した自治会長は、卓球台のメーカー『SAN-EI』を生み出した松田英治郎さんという方です。流山市のHPで彼の人生について詳しく紹介されているので、気になる方は一読をおすすめします。
※追記:当時の看板について
X(旧Twitter)のフォロワーさんから、当時掲げられていた幽霊人形と注意書きの看板の写真を頂戴しました。どこかの博物館の展示物とのことなので写真の転載は控えますが、文章の方であれば問題ないと思いますので、ここに書き起こしておきます。
幽霊からみなさまへ
一寸と待って!
皆さん比のふみきりは、魔のふみきりです。
茲二年の間に何人もの人が、事故死しています。次の番を待っています。
必ず止って右左を確めてから出て下さい。初石自治会長 松田英治郎
幽霊人形の写真を載せられないのがとても残念です。子供が見たら泣いてしまいそうな、妙にリアルな幽霊人形でした。
謎の仏像の正体

踏切の傍らにあるこの仏像は一体何なのでしょうか。碑文には以下のように刻まれています。
バン(梵字)
大日如来
四十一年春
音○却世塵
葆詠墳入定
去穢土禅鎮
安養密厳相
蓮䑓得到仁
即身完法理
三界出離人
奉造立 為入定釋氏覺禅法師菩提
寛文三年 癸卯 二月廿一日 敬白
1663年(寛文3)に造られたもののようです。大日如来を表す梵字が刻まれています。なぜ、こんなところに大日如来が安置されているのでしょうか。仏像の背後にある卒塔婆には、割と若い年代が記されていました。
気になって自治体に問い合わせてみると、「江戸時代、この辺りは馬の放牧地であったため、寺院や人家があったとは考えにくい。当初からここにあったのか、その由来は不明である」とのお答えをいただきました。
終わりに
確かに事故が発生した悲しい場所に違いはありません。しかし、それが理由で幽霊の噂が立ったというよりも、松田英治郎さんたちが鉄道会社に訴えるために掲げた「幽霊人形」が評判となり、時が経つにつれてその事実だけが徐々に薄れ、漠然と幽霊が出る場所と言われるようになったのだと思います。





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