佐賀県立森林公園の千人塚が心霊スポットとして扱われる理由は?

佐賀県立公園の千人塚

佐賀県を流れる嘉瀬川下流域にある佐賀県立森林公園。

公園の規模は広く、休日の日中は多くの家族がサッカーやキャッチボールをして戯れている。

また野球場、テニスコート、アーチェリー場などの本格的な有料施設もあり、学生や社会人がスポーツ大会を開き、汗と共に日頃の鬱憤を晴らしている姿が想像出来る。

さて、この佐賀県立森林公園の片隅に千人塚と呼ばれる場所がある。

かなり賑やかな公園であるが、ここだけはやけに静まった湿っぽい雰囲気が感じられる。

どうやらこの一角は心霊スポットとして知られているようだ。

一体、何があったのだろうか?詳しく見ていこう。

 

千人塚と嘉瀬刑場

佐賀県立公園の千人塚

全国各地にある心霊スポットの中には根拠なきスポットが数多くあるけれど、ここは千人塚があるので分かり易い。

千人塚とは災害地や刑場などで亡くなった多くの命を弔うために造られた塚のこと。

万人塚とも呼ばれ日本各地に存在する。

 

佐賀県立公園の千人塚

ここには明治初期まで嘉瀬刑場という佐賀藩の仕置き場(処刑場)があった。

元禄末から宝永初期(西暦でいうと1700年前後)に地元のお坊さんが刑場の片隅に建てた供養塔が千人塚の始まりと伝わる。

恐らくは江戸時代初期~中期に嘉瀬刑場は造られたのだろう。

或いはもっと昔からそういう場所だった可能性もある。

幕末から明治の動乱の時代に活躍し、佐賀の乱の首謀者として梟首刑になった江藤新平や島義勇は佐賀城二ノ丸で斬首され、その首は嘉瀬刑場の千人塚で晒されたそうだ。

いちのまる
いちのまる

江藤新平の晒し首はネットで検索すると写真が出てきますね…。
閲覧は自己責任で!

 

佐賀県立公園の千人塚

佐賀県立森林公園の近くの寺院に当時の千人塔(供養塔)が移転されている。

罪人の命とはいえ弔って然るべきだと考える人も多かったのだろう。

各地の刑場跡には、このような供養塔や塚が建てられるケースが多い。

刑場跡が心霊スポットとして扱われてしまうのは、その性質上止むを得ない事なのかもしれない。

 

終わりに

佐賀県立公園の千人塚

供養塔などを現代人が見て不気味に思う気持ちは理解出来る。

根拠のある心霊スポットは人間の負の歴史であることが多い。

そういう歴史があった場所だと知ることはとても重要だと思う。

コメント

  1. プー太郎 より:

    以前は木々が生い茂っており、なんか陰湿な公園の印象がありましたけど、改修されてからは陽当たりが良くなったせいか?明るい雰囲気になりました。
    千人塚の近くまで行った時には、休憩がてら立ち寄って手を合わせる様にはしてますけど、花見やワンカップの日本酒が供えてあり、誰か分かりませんけど供養はされてます。
    冤罪率が高かった時代ゆえ拷問に耐えきれず、ありもしない罪を認めて処刑された方々も多かったと思いますし、生まれ変わりがあるのならば、せめて普通な人生を送ってもらいたいですね。

    • いちのまる より:

      プー太郎 様

      コメントありがとうございます!
      訪れたのが休日だったので、予想以上の行楽客が遊んでいてビックリしました。
      千人塚の周辺は若干薄暗くなっていましたが、しっかりと整備されていました。

      >冤罪率が高かった時代ゆえ拷問に耐えきれず
      私も刑場跡に訪れると似たようなことを思います。

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