虐殺の地・臼内切を眺める!その真実に迫る肥後細川藩幕末秘聞を読んで

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臼内切

この付近一帯を臼内切といいます

徳川幕府の永年に渡る

切支丹弾圧の目をくぐりながら

密かにこの辺りで隠れ住んだ人達がいました

のちに切支丹信者である事が発覚し一夜にして全員(およそ十二家族)がこの場所で

打ち首の刑に処せられた跡として伝えられています

塚の数は全部で十二

千人塚ともいわれております

南小国町教育委員会 臼内切 切支丹伝説の地より

熊本県阿蘇郡南小国町にある臼内切。『うすねぎり』と読む。

幕末期に臼内切の集落に隠れ潜んでいたキリシタンが捕縛され、当地で斬首されたという伝説が残る。

臼内切の詳細を知りたい方は河津武俊氏の『肥後細川藩幕末秘聞』の一読をお勧めする。

 

臼内切の場所

臼内切

南側の道沿いに臼内切への案内板がある。

小さい看板なので見落とさないように。

狭い道を進むので大きい自動車は難しいかもしれない。

 

臼内切と肥後細川藩幕末秘聞について

臼内切

臼内切は臼根切とも記される。

キリシタン弾圧を『デウス(神)のる。』と例えたことが語源だ。

と説明する人もいるが、肥後細川藩幕末秘聞では『臼内切は室町時代からある地名なので臼根切は後世の造語』だと言い切っている。

虐殺は嘉永6年(1853)に行われたと伝わる。

肥後国誌に『高花・星和・船熊・吉原・臼内切・小田・白川村等ノ小村あり。』とあることから、集落の存在は認められている。

しかし虐殺は口伝だけで公式の史料は全く残っていない。もし、臼内切から数多の白骨が発掘されれば、伝説に真実味が出てくるのだが…。『塚を掘ったら人骨が出た。』という話も口伝にしか出てこない。

臼内切の虐殺の生き残りと伝わる『泰次郎』や『おいね』の存在。

虐殺の数年後に謎の自殺を遂げた小国郡代の『萩昌國』との関係性。

著者はこれらの情報を基に臼内切の真実に迫っていく。

 

終わりに

臼内切

肥後細川藩幕末秘聞は臼内切のキリシタン処刑伝説を追う作品であるが、伝説の真偽よりも臼内切の真実に迫る著者の意気込みが読者の心を揺さぶる名作に感じた。

事の顛末は是非、本を購入して確かめて欲しい。

結論をどう感じるかは人それぞれだろうが、読み物としては秀逸であると思う。

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