真壁調整池の慰霊塔は誰のために建てられた?佐久発電所の歴史について

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渋川市北橘町にある真壁調整池は心霊スポットとして知られている。

心霊スポットの噂の原因になっているのは池のほとりにある慰霊碑の存在だと思う。

ゆう
ゆう

慰霊碑…。

ここで何があったのでしょうか?

その歴史を振り返ってみよう。

真壁調整池の場所

真壁ダム 概要

なんとも説明しにくい場所にあるが、グーグルマップで『真壁調整池』が登録されているので検索してナビをしてもらおう。

真壁調整池の風景

真壁調整池の赤い橋

昭和三年(一九二八)字鬼ヶ島に関東水力電気株式会社の佐久発電所が建設された。

平凡社発行 群馬の地名より

真壁調整池は佐久発電所の一部で、真壁ダムとも呼ばれる。

沼田市岩本町の綾戸ダムから取水し、約12kmの鉄管を通って真壁調整池に貯水されている。

貯められた水は水圧鉄管を通り、高さ約75mのサージタンクで水圧(?)水量(?)が調節され、発電所に落とす事で電気が生み出される。(詳しいことはわからん!)

 

真壁調整池の機械

話は脱線するが、上で引用した『群馬の地名』にある字・鬼ヶ島は、戦国時代に八崎城を攻める敵に向かって『ウオーッ、ウオーッ』と吠えた伝説が残る鬼面に似た石が名の由来となっている。

鬼の石がある土地(しま)で鬼ヶ島ということだろう。

また、近くに桃太郎橋という橋があり、これは昔、茶目っ気のある地元民が『鬼ヶ島があるのだから…。』と名付けたと云う。

2013年3月9日の読売新聞に掲載されていた。

 

真壁調整池の湖畔

佐久発電所は1925年(大正14)9月に起工され、1928年(昭和3)11月に竣工された。

名前の由来は建設に携わった実業家・浅野総一郎の妻である『サク』の雅号。

130万人が工事に携わり、群馬県予算の2.5倍もの資金が投入された。

当初の発電量は5万5千kWで当時は東洋一だったそうだ。

終わりに

謎の慰霊塔

真壁調整池のほとりに立つ慰霊碑。

2019年2月9日の読売新聞に佐久発電所のことが書かれていましたのでよう要約する。

発電所の建設は東京湾の京浜埋立事業と並行して進められたが、不況や関東大震災の影響で工事が遅れ、多くの殉職者を出しながら完成した。

普段、我々は特に意識することなく電気や水を享受しているが、その背後には多くの方々の苦労や犠牲がある。

れい
れい

ここに限らずだけど、慰霊碑を怖がる必要はないと思うよ!

慰霊碑を視たら自身の先祖を偲ぶよう、畏敬の念をもって接するだけで良いのだ。

以上!

コメント

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