神秘的で最恐なパワースポット、白鹿権現(ししごんげん)。
この記事には衝撃的な写真が数枚あるので、恐怖系が苦手な方はブラウザバックをしたほうがよいかもしれません。
山道の運転に慣れていない方にとっては、なかなか辛い道中になります。目的地に至る道はかなりの悪路で狭隘なので緊張しながら運転しました。しかも意外と車の往来があります。
場所は秘密。
ここが白鹿権現&熊野神社入口です。
どうにか車を一台(大きい車は無理)停められるスペースがあるので駐車して突入。
熊野神社
熊野神社はこんな感じです。なんか神社っぽくないですね。
後ろの本社はえぐれた岩の内にあって独特な雰囲気を醸し出しています。
入口の鳥居の先が分岐になっていて左が熊野神社、右が白鹿権現へ向かう道になっています。
白鹿権現の難所
鎖場です。10m程の岩場を登って行きます。
はい、また鎖場です。更に10m程の岩場を登って行きます。
はい、またまた鎖場です。更に更に10m程の岩場を登って行きます。
直角とまではいいませんが、かなり急な斜面です。滑らない靴と滑り止め付きの軍手があると楽になりますので装備していきましょう。
なお、落ちたら大怪我もしくは最悪死にますので体力と腕力に自信がない方はあきらめましょう。
白鹿権現
鎖場を進んでしばらく歩くと到着。
シシ権現懸仏
前宮と奥宮とからなる石灰石の二つの洞穴があり、奥宮をシシ権現と呼ぶ。破損のはなはだしい懸仏の破片、細片を含めると百数点にもおよぶ。円形をのこすものはほんの数個で、ここでも明治初年の排仏毀釈のはなはだしさを示している。
1985年(昭和60)発行 今熊順証 著 大分の懸仏より
この洞穴は発掘調査が行われていて、
・炉跡
・石器
・骨角器
・獣骨
・貝類
などが出土しています。地層は1~9層まであって、豊富な遺物が発掘された第8層は4万年前と推定されているようです。
さて、洞窟のなかへ。

うぉ?!なんだこれは???
アップにしてみます。
野生動物の頭蓋骨。これはイノシシかな?
最近まで狩猟の神として、大分県内はもちろん、日向、四国、肥後の猟師から信仰されてきた。神社境内の奥の院は、絶壁の洞穴中にあり、この洞穴中には、鹿や猪の頭骨が累々と積まれている。狩猟期に入ると近在の猟師は、この社に参願するが、極めて霊験のあらたかな神として、願かけを終えて境内を出たとたんに、獲ものにめぐりあうといっている。
1978年(昭和53)発行 大分合同新聞社 大分の歴史 第6巻より
これは狩猟儀礼の一種で仕留めた動物を白鹿権現へ奉納することによって豊猟を祈願し、神や自然に対して感謝の気持ちを表しているそうです。
白鹿権現の由来
平安時代の後期に地元の猟師が毛並みの良い鹿を山中で発見したので、捕獲するために西神野まで必死に追い詰めました。ところがさっきまでいたはずの鹿が突然いなくなってしまいました。
すると岩場から光が出て『私は国を保護する熊野の神だ。信仰しなさい』と仰るわけです。猟師は恐れ戦き神の指示に従いここに祀りましたとさ。
(ソース元の情報を失念)
平安時代初期にあった天台宗、慈覚大師の白鹿伝説と似たような話ですね。また鹿は神の使いとしても有名なのでこういう話が出てくるのでしょう。鹿が神の使いとして知られる由縁を知りたい方は日本神話の武甕槌命と天迦久神の関係をググってみてください。
おしまい!
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