高崎市

群馬県

群馬の森にあった廃墟群と岩鼻火薬製造所跡の歴史について

高崎市綿貫町にある公園・群馬の森へ!中心部には美術館や歴史博物館があり、広場は市民が集う憩いのスペースになっている。まったりとした空気が流れていて老若男女、多くの方々が楽しんでいる様子だった。この廃墟は1882年(明治15)に操業開始した岩鼻火薬製造所の名残である。
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永泉寺の幽霊石に参拝!名前は怖いけど、由来を知れば怖くない!

高崎市倉賀野町の永泉寺に幽霊石と呼ばれる曰く付きの石像がある。大昔から寺の境内に保存されているような石像だ。それなりの理由や根拠があるのだろう。それでは『永泉寺の幽霊石』をご覧あれ!のっぺらぼう風のお地蔵様。頭と身体を編み物で着飾っている。手向けられた花は枯れかかっているが、まだ新しい。
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遺体発見現場・入の谷津橋と時効が成立してしまった誘拐事件の経緯について

群馬県高崎市鼻高町の寺沢川に架かる入の谷津橋。1987年(昭和62)9月14日夕、同市に住む5歳の幼児が誘拐された。自宅から15m程離れた神社へ『滑り台で遊んでくる』と出掛けたまま戻らなかったため捜索願が出された。逆探知の結果、遺体発見現場などから土地勘のある人物が犯人だと考えられた。
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上州の黄斑こと長野業正が死守した箕輪城へ!武田信玄との壮絶な戦いの末に…。

長野氏は平城天皇の第一皇子・阿保親王の五男・在原業平の後裔と伝わるが、伝説の域を出ない。箕輪城の築城者は長野尚業、或いは憲業(信業)とも云われている。戦国時代には西上野を狙う武田信玄と箕輪城主、長野業正が激しい戦いを繰り返した。今回は『箕輪城の歴史』と『上州の黄斑こと長野業正』を簡単に紹介する。
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榛名湖が曰く付きの場所と噂される理由は?日本犯罪史に残る大事件が関係していた!

清々しい程に開放的な山である。赤城山、妙義山、そして榛名山。これらを総称して上毛三山と呼ぶ。 それぞれに特徴があり、どれも素晴らしい山だが、なかでも榛名山は牧歌的でゆったりとした雰囲気の流れる憩いの山だと私は思っている。当ブログは心霊スポット考察サイトである。榛名湖に心霊スポットの噂があるようだ。
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