心霊スポットなの?新堀橋の袂にある救命地蔵の詳細が知りたい!

新堀橋

新堀橋は熊本城と京町台地の間にある空堀に架けられた竣工1923年(大正12)、長さ約30mの橋である。

ここは熊本城の北側を敵から守る重要な地点だった。

写真の奥にある石垣の上には国指定重要文化財の新堀櫓(監物櫓)が建っていたが、2016年(平成28年)4月に発生した熊本地震で倒壊し解体されてしまった。

新堀櫓の下には御門があったそうだ。

 

新堀橋

熊本城は明治時代に入ってから二度の戦乱に巻き込まれている。

神風連の乱(1876年)と西南戦争(1877年)である。

神風連の乱については↓

西南戦争で熊本城は西郷軍の攻撃目標となり一時的に包囲されている。

池上四郎率いる五番大隊が旧千葉城と京町方面から攻撃を仕掛け、先鋒の河野主一郎小隊は錦山神社を占拠した後、新堀櫓の先にあった埋門で明治政府軍と争った。

熊本城包囲から約1ヵ月後、博多方面からやってくる明治政府の援軍を抑えるため、西郷軍は包囲人員を減らす必要に迫られた。

そこで採用した作戦が水攻めだった。

水攻めは成功し包囲に割く兵隊の数は減らせたけれども、これは籠城兵にとっても都合がよかった。守るべき場所の減った政府軍は戦力を集中させ京町方面へ進出。一部の領地を奪還することに成功している。

 

新堀橋

現在、橋の下には熊本県道1号が通る。

明治時代後期から昭和中期まで路面鉄道が走っていた。

古地図を眺めると当時の様子が分かる。

新堀橋

今昔マップ on the webより

 

新堀橋

新堀橋の袂に救命地蔵がある。由縁は不明。

いちのまる
いちのまる

救命は『危機的な状況におかれている人を助ける』という意味ですね。

幾つかのオカルトサイトを拝見すると新堀橋を心霊スポットとして扱っている。

どのサイトも『身投げが多発した』と紹介していて、その霊を供養するために地蔵尊が安置されたとしている。

確かに欄干の外に転落防止用の高いフェンスが設置されているので、事故や事件を想像してしまう気持ちは理解出来る。

過去の新聞を調べたところ1件だけ『新堀橋から転落して亡くなった』という記事を発見した。

古い記事は調べていないのと、自殺関連は新聞記事にならない可能性が高いので正直何とも言えない感じであるが…。

多発と謳うレベルで人が落ちているならもう少し情報があってもよい気がする。

 

終わりに

新堀橋

以上が新堀橋についてであった。

救命地蔵が安置されている理由をご存知の方がいらっしゃいましたらコメント頂けると幸いである。

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