井の頭公園が心霊スポットだと噂される理由について調査したが…

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井の頭公園

井の頭公園は1917年(大正6)に開園した武蔵野市と三鷹市に跨る恩賜公園である。

都会に在りながらも豊かな自然が保存されているため、様々な生物が共存し合い私たち鑑賞者を楽しませる。

また、動物園や遊戯施設が完備され、平休日限らず多くの訪問者で賑わう。

恩賜公園とは?
皇室が所有していた土地を下賜(高い身分の人からいただくこと)され、整備した公園を指す。

日中は人の絶えない明るい雰囲気に満たされた公園であるが、過去の『とある出来事』から負のイメージを抱く方もいる。

井の頭公園で何があったのか?

今回は公園の歴史と曰く付きの場所として知られる由縁を紹介しようと思う。

井の頭公園の歴史

井の頭公園

園内の井の頭池を中心に遺跡群が発掘されており、縄文時代には人々が居住していたことが判明している。

竪穴式住居や敷石住居の存在が認められているが、周囲の宅地化進行と公園内であるため開発事業が入らないという理由で、その全容はまだ分かっていない。

 

井の頭公園

この池さしも廣らかねど、水のわき出る渦七ツあり、依て七井の池ともいふ也、こゝにしづもりませる初は、源右幕下承安中義兵を擧て、安房上總をへてこゝに至り賜ひ、龍女の告ありて、建久年中に祠をたてらる

江戸叢書 卷の壹 嘉陵紀行 第壹篇より

この池はそれ程広くはないけれど、水の湧き出る渦が7ヶ所あり、よって七井の池とも呼ばれている。
源頼朝が承安中に義兵をあげて、安房上総を経て、ここに至り、龍女のお告げを聞き、建久年間に祠を建てられた。

井の頭弁財天の歴史は古く、平安時代中期に源経基が最澄の弁財天女像をここに安置し、後に源頼朝が社を建立したと伝わる。

1333年、新田義貞による鎌倉攻めの際、焼失した。

弁才天は数百年放置され、江戸幕府3代将軍・徳川家光の時代に再建されたと云う。

 

井の頭公園

徳川家康がこの池の湧水を関東隨一の名水とほめてお茶をいれたという伝説から『お茶の水』という名が付いたともいわれています。

現地 案内板より

現在は湧出量が少なくなったため地下水をポンプで吸い出しているそうだ。

私が訪問したときは『かいぼり』の最中だったため水は出ていなかった。

かいぼりとは?
沼や池の水を汲み上げ、泥土をさらい水中生物を獲り出し天日干しにすること。
理想の生態系を復活、水質の改善を目的とする。

 

井の頭池に纏わる伝説

井の頭公園

井の頭の近郷に住む長者夫婦の昔話。
裕福な身分だったが、二人には子供が出来なかった。
そこで夫婦は井の頭の弁才天に祈願することにした。すると、間もなくして愛らしい娘を授かる。
娘の首筋には3枚の鱗を首筋に持っていたと云う。驚く程の美女に成長した娘は評判となり、婿取りの話が進められた。
或る時、娘が『弁才天にお参りしたい。』と申し出たので、夫婦はこれを認めた。そ
の後、娘が夫婦のもとに戻ることは無かった。
お供した馬子曰く
『娘さんはお堂に籠った後、顔は人間、胴体は白蛇の姿になって池に入り居なくなってしまった。』
長者夫婦は悲しみながらも『弁才天が自分たちを憐れみ神使(娘)を送って下さった。』のだと感涙し、人頭蛇身の宇賀神像を寄進した。

上の写真が宇賀神で、弁才天と同一視される神様である。

この物語が意図するところは何であろうか?

ちょっと私には解らない。

 

井の頭公園

井の頭池には『恋人同士でボートに乗ると必ず別れる。』という都市伝説がある。

恐らくは『弁才天=嫉妬の神様』という俗説が由来しているのだと思う。

弁才天は古代インド宗教がルーツの神様である。元々は水の神様だったが、現在の日本では財宝神として祀られているイメージが強い。

様々な御利益があるとされ、財運開運・技芸上達・縁結び・学業成就など多岐にわたる。

縁結びの御利益があるにも拘らず、何故『嫉妬の神様』などと噂されているのか。

 

井の頭公園

これは弁才天と同一視されている宗像三女神が関係していると思われる。

三女神の一柱・タゴリヒメは女人禁制の沖ノ島に鎮座する神様である。

孤立した島を守るためタゴリヒメは生涯独身を貫かねばならない。

『男女の交わりを憎らしく思う…。』これが嫉妬の所以であろう。

しかし、タゴリヒメは大国主神との間に子供を儲けている話もあり、さらに弁才天と同一視されているのはタゴリヒメではなく、宗像三女神の中でとりわけ美しいイチキシマヒメであるという説もある。

ここら辺の話を深く調べているといつまで経っても進まないので、これで終わる。

『こんな俗説は気にせずにボートに乗ったらいい。(別れても知らん)』が結論である。

 

井の頭公園は心霊スポット?

井の頭公園

ここから残酷な表現が多くなるので、苦手な方はブラウザバック推奨。

井の頭公園には幽霊が出るという噂がある。

心霊スポットは日本各地にあるが、その多くが何の謂れもない『なんちゃって心霊スポット』だったりする。

だが、ここは違った。

本当に幽霊が出るかどうかは判らないが、そう思われてしまう根拠はある。

井の頭公園で起きた事件で特に著名なのは『井の頭公園バラバラ殺人事件』だろう。

1994年(平成6年)4月23日、園内のゴミを分別していた清掃員が黒いビニール袋に入った左足首を発見した。
警察は公園を立入禁止にし、現場の調査を開始。
すると園内のゴミ袋から次々と手足や胴体が発見された。
遺体の指紋は殆ど削り取られていたが、僅かに残った指紋とDNA検査で被害者の身元は判明した。
捜査は難航し2009年(平成21年)4月23日に時効が成立している。

当時、小学生だった私でも、あまりに衝撃的な事件だったため記憶に残っている。

これだけでも『負のイメージ』を植え付けるのには十分だと思うが、過去を遡ると様々な事件や事故が発生していることが分かった。

箇条書きで羅列しよう。

・1919年(大正8)11月20日
遠足に来ていた児童が園内の玉川上水で溺れる。
救助しようと飛び込んだ先生が戻らず、翌日遺体で発見された。
園内にある松本訓導殉難の碑はその先生の殉難碑である。
・1924年(大正13)10月8日、朝刊新聞
松本訓導殉難の碑の前で失恋した女性が投身
・1925年(大正14)9月9日、朝刊新聞
令嬢風の女性が自殺
・1932年(昭和7)12月26日、朝刊新聞
井の頭に女性が投身
・1936(昭和11)1月17日、朝刊新聞
とび職とし遊女が縊死心中(首吊り?)
・1937年(昭和12)7月5日、朝刊新聞
井の頭公園で青年同性が心中
・1956年(昭和31)6月14日、夕刊新聞
園内動物園でゾウにいたずらした客が殺される
・1958年(昭和33)5月29日、朝刊新聞
井の頭公園で服毒
・1960年(昭和35)4月15日、朝刊新聞
園内動物園で飼育員がゾウに踏み潰される
・1970年(昭和45)3月11日、夕刊新聞
嬰児の遺体が発見される

各記事の詳細は判らない。自殺は未遂の可能性もある。

文豪・太宰治が愛人と入水したとこで有名な玉川上水は『人喰川』と呼ばれるほど急流で深かったそうだ。

もしかしたら、現在で言う自殺の名所だったのかもしれない。

終わりに

井の頭公園

直近にも井の頭池で女性の遺体が発見されている。

バラバラ殺人事件だけかと思って調査したが、予想以上に事件や事故が発生していることに驚いた。

曰く付きの場所と噂されてしまうのも理解出来なくはない。

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