神流湖(下久保ダム)左岸、保美濃山トンネルの脇に位置する抜鉾神社(ぬきほこ)。
群馬県富岡市にある一之宮貫前神社から抜鉾大明神(経津主命)を分霊した神社だと思う。
詳しくは一之宮貫前神社について調べてみて欲しい。
下久保ダム建設による水没集落
1959年(昭和34)、ダムの工事が開始され、364もの世帯がダム底に沈むことになった。
下久保ダムの場合は、建設サイドの熱心で誠意のある対応と水没地域の方々の理解があり、下筌ダム(熊本・大分)や八ッ場ダム(群馬)のように激しい反対運動は起こっていない。
抜鉾神社は高台にあったため水没しなかった。
かつては集落の人々によって丁重に祀られていたのだろう。
水没が幽霊の根拠だと思ったが、あまり関係はなさそうだ。
抜鉾神社の奉納額
拝殿には明治期の奉納額が飾られている。
数枚あったので紹介しよう。
神社や寺院にはしばしば訪れるのだが、奉納額に関心を抱くことは無かった。
しかし、何故かここの扁額は私の心を射止めた。
この神社は神々しい。
後ほど紹介するが、本殿も美しい状態で残されている。
今も尚、地元の方々によって管理されているのだろう。
私には絵心がないので、絵の良し悪しはわからないが、心惹かれる。
これからは奉納額に興味を持とうかと思っている。
以上が抜鉾神社の奉納額である。
さて、本題に戻ろう。
抜鉾神社は心霊スポット?
神流湖周辺には心霊スポットと噂される場所が多く存在する。
抜鉾神社もその一つである。
私には見えないので幽霊の存否については語らないが、ここは不気味な場所というより神聖な場所という印象を受けた。
神流湖では事故や事件が発生していて、幾許かの方々が亡くなっている。
故に心霊スポットの噂が流れてしまうのも理解出来なくはない。
しかし、抜鉾神社には関係のないことだ。
終わりに
寺社系の心霊スポットに訪れると毎回思う。
『心霊スポットではなく、神霊スポットなのではないか?』と。(廃寺社の場合は異なるが)
まぁ、幽霊に限らず神霊も見えないので語る資格はないのだが。
コメント
大願成就と願主とあるトコを見ると、
成就のお礼と願掛けなのかなと感じました。年代も明治。
明治時代には、和服でも足元は靴だったとか、当時の文化も知れますよね。
興味深いです。
上総 さん
そうですね!
歴史のある神社&奉納額なので、なんとか後世に残して欲しいところです。