深山隧道と木の俣地蔵!心霊スポットの由縁がわからなかった件

深山隧道

栃木県と福島県を結ぶ黒磯田島線にある深山隧道へ!

1973年(昭和48)に造られた深山ダムに合わせて1969年(昭和44)に竣工されたトンネルである。

心霊スポットの噂があるようだが、何か根拠はあるのだろうか?

 

深山隧道

心霊スポットを扱うサイトを読むと『過去に焼身自殺があった。』と書かれていることが多い。

この手の話は調査しても殆ど情報が出てこない。

過去の新聞を出来る範囲で調べてみたが、やはり情報は無かった。

いちのまる
いちのまる

自殺系の情報は伏せられちゃう場合が多いよね。

深山隧道

トンネルの北側には旧道がある。

土砂崩れがあまりにも酷く通行出来る状態ではない。

走破している方もいるようなので気になる方はGoogleで『深山隧道』と検索してみるとよい。

 

深山隧道

深山隧道から南に下がったところに木の俣地蔵が祀られている。

ここが不気味だったと話す方もいるようだが、そんな感じはしなかった。

木の俣地蔵の由来を紹介しよう。

 

深山隧道

安倍貞任が前九年の役の際、この地に陣を敷き守本尊を桂の木に安置した。
焦って忘れてしまったのか、貞任は守本尊を置きっぱなしにして戦いに出向いたと云う。
その後、源頼義との合戦で次々と敗れ、最後は捕らえられ絶命してしまった。
守本尊を身から離してしまったために負けてしまったのではないか?

というお話。

いちのまる
いちのまる

安倍貞任の守護神が置き去りにされている場所だから、聖域的な意味合いもあるのかも。

深山隧道

安倍貞任は平安時代中期に活躍した東北地方の武士。

第90・96~98代内閣総理大臣の安倍晋三氏は安倍宗任を祖として44代目の子孫と語ったらしいが、宗任は貞任の弟である。

安倍貞任は現在の岩手県奥州市から盛岡市辺りを治めていた豪族だった。

事の経緯は不明だが、朝廷と対立することとなり源頼義らと争い戦死している。

源頼義は鎌倉幕府を開いた源頼朝の先祖。

 

深山隧道

もう一つ伝説が残っている。

会津の農民が御本尊を見つけコッソリ持ち帰ったが、毎晩『きのまたこいし、きのまたこいし』と泣き始めるので、罰を恐れた農民は元の場所に戻したと云う。

怪談チックな話である。

 

深山隧道

木の俣地蔵の脇に旧廃道と廃トンネルがある。

訪問時点では知らなかったのだが、景色を思い返してみると確かに道のように見える場所があった。

廃トンネルはかなり危険な状態にあるので素人の進入はおすすめしない。(私は怖くて絶対入れない)

『山さ行がねが』のヨッキれん氏が突入しているので気になる方は↓のリンクへ。

木の俣地蔵の下をくぐる 第2号隧道 内部

 

終わりに

深山隧道

さて、心霊スポットの根拠はなんだろうか?

焼身自殺、安倍貞任、木の俣地蔵、廃トンネル…。

深く考えなければどれもそれっぽい雰囲気がある。

しかし確証がないため『心霊スポットと言われる由縁は不詳!』としか言えない。

ここに纏わる具体的な情報をお持ちの方がいらっしゃれば是非教えて頂きたい。

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