池袋駅前直ぐにある四面塔。江戸時代に追いはぎや辻斬りがあったって云うけれど…。

四面塔

池袋駅東口に四面塔と呼ばれる曰く付きの場所がある。

池袋駅前公園の入口に位置しているため頗る人が多い。

基本的には他人の目を気にせず我が道を突き進むタイプだが、大勢に囲まれた状態で誰も見向きもしない旧跡を激写するのは流石に気が引ける。

いちのまる
いちのまる

都会の心霊スポットはあまり好きじゃない!たまには誰もいない山奥のスポットで気ままな散策を楽しみたい。

さて、四面塔にはどのような曰くが残っているのだろうか?

 

四面塔の場所

池袋駅東口を出て左に歩けば直ぐに着く。

迷うことはないだろう。

 

 

四面塔の曰く

四面塔

享保の頃(徳川幕府八代将軍吉宗の頃)高田雑司ヶ谷と板橋を結ぶ街道と礫川と東長崎を結ぶ街道の四ツ辻付近(現在の西部線池袋駅東口)は、夕方になると追いはぎや辻斬りが出没し、夜はその難を逃れる為通行する人が途絶えました。

享保六年の夏、一晩で十七名の辻斬残骸があり、この不祥事を憂いて、池袋村民有志六十四人が雑司ヶ谷鬼子母神威光山法明寺第二十二世日相上人に供養をお願いし、享保六年九月、法華経のお題目を刻した石塔を建立して無縁仏の霊冥福を供養しました。

正面には、お題目、右側面には、北の方板ばしみち、左側面には、南方高田雑司ヶ谷道が記され、道標としても使われました。

霊験あらたかな、この塔は四面塔尊と称され、以来、法華経の功徳により災難は解消されました。

四面塔尊の由来 池袋四面塔尊奉賛会より

今でこそ大都会の一部に属する池袋だが、江戸時代は人口の極めて少ない農村であった。

当時の様子が描かれた”池袋村絵図”という古地図が存在するようなので、今度図書館へ行って確認出来たらと思っている。

引用文中に出てくる辻斬りを現代風な言葉で書き表すと『通り魔』の事を指すのであろう。

監視の行き届いていない寒村は犯罪者にとって格好の場であった。

もしかすると徒党を組んだ犯罪組織があったのかもしれない。

 

終わりに

四面塔

『池袋』『通り魔』のキーワードを聞くと1999年(平成11)9月に発生した”池袋通り魔殺人事件”を思い出す。

23歳の男性が包丁とハンマーを手に持ち、サンシャインシティ付近を歩く通行人を無差別に襲撃。

2名が死亡、6名が負傷する大惨事となった。

犯人はその後直ぐに捕縛され、裁判で死刑判決を受け、現在東京拘置所に収監されている。

いちのまる
いちのまる

どの時代にも常軌を逸してしまった人間はいるものです。

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