千葉県佐倉市の佐倉城跡に呪われた魔の13階段があると噂を聞きつけやって来た。
JR佐倉駅から佐倉藩時代の武家屋敷を眺めつつ北東へ歩を進め大手門跡から佐倉城へ入城した。
城内に入ってから本丸には向わず三の丸手前を右へ曲がる。暫くすると左前に姥ヶ池が見えてくる。
この池も心霊スポットの噂があるようなので、それは後日紹介するとして、姥ヶ池を背に菖蒲園へ続く遊歩道を進むと左側に写真の階段が現れる。
佐倉城の13の階段?!
西洋において『13』は忌み数として扱われることが多いらしい。
日本でいう『4(死)』や『9(苦)』に当たる数字なのだろう。
事実かどうかは知らないが、こんな噂が残っている。
東京裁判によって死刑宣告された方々は『13階段』で首を括られた。
これ以降、日本では『13階段』を死刑の隠語として扱うようになったと云う。
オカルト界隈では佐倉城跡の階段を『13階段』と関連付け、呪われた場所として扱った。
処刑台というのは嘘?!
呪われた13階段と言うが、段数を数えていただきたい。
1、2、3…。あれ12段しかないね?
『13段』ではなく『12段』である。この不自然な場所にある階段は何に使われたのだろうか?
この階段の目的は?
現地案内板より引用
上の画像が答え。
この施設は兵隊の飛び降り訓練を目的に造られたものであった。
写真の飛び降り台は木製だったので取り壊せたが、佐倉城の台はコンクリート製だったため取り壊されず放置されたらしい。
かつては現在のような案内板が無かったため、見る者の想像力を掻き立て、やがてオカルティックな噂が飛び交った。
これが真相である。
終わりに
歴史を知ってしまったからだろうが、心霊スポットというよりはB級スポット的な位置にあると感じた。
いずれにしても面白い史跡なので、佐倉城のモニュメントとして末永く残って欲しい。
佐倉城跡は城郭遺構の素晴らしさもさる事ながら明治以降の軍事施設の史跡としての価値も非常に高い。
12階段以外にも『兵営の便所跡』や『モッコクに刻まれた兵士の文字』などの兵営時代の名残が残っていて散策し甲斐のある城跡であった。
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