栃木の廃墟系心霊スポット、野木病院の真実に迫る!!!

野木病院

栃木三大廃病院の一角、野木病院跡。

かなり有名な廃墟だが、情報は極めて少なく謎に包まれている。

今回の調査で幾つか判明したことがあるので紹介しよう。

 

野木病院の噂

野木病院

出典:国土地理院/空中写真を切取・編集引用(1981/10/17(昭56)撮影)

 

野木病院

出典:国土地理院/空中写真を切取・編集引用(1985/05/16(昭60)撮影)

空中写真から1981年(昭和56)から1985年(昭和60)の間に建てられた物件だと分かる。

ネット上ではこの建物について以下の説が語られている。

・病院が廃業した説
・老人介護施設が廃業した説
・病院、或いは老人介護施設の建設計画が頓挫した説

病院説の根拠は数十年前に侵入した人々の『昔はカルテや診察台があった』などという情報から。病院は精神科、或いは産婦人科だったとされている。

老人介護施設説の根拠は野木病院の入口に『会員制ケアハウス』と書かれた看板があったからだろう。

建設計画の頓挫説は、廃墟内部の残留物が皆無で、きれいさっぱり片付けられているからだと思う。

いちのまる
いちのまる

まだまだ、続くよ!最後まで読んでね。

 

※追記 野木病院の真実

1980年代の新聞に野木病院の開業に関するであろう記事を発見した。

野木町佐川野に新しい診療所が新設されたという内容だ。

新聞記事は引用が出来ないため箇条書きでざっくり要約する。

・病院名
野木厚生クリニック

・院長
当時63歳の男性
産婦人科の開業医であった過去を持つ

・規模
鉄筋3階、床面積2146㎡

・診療科
内科、神経科

・施設
レントゲン、心電図・脳波検査室、臨床検査室、リハビリテーション室、ベッドは19台

恐らく野木町佐川野にこの規模の病院は過去現在に至るまで存在しないと思われる。鉄筋コンクリート3階も野木病院内部の写真と合致していた。

1980年代の開業なら空中写真で紹介した建設推定年と矛盾していない。

撤去されてしまった看板に『内科 〇糸〇〇』とあったらしい。後者は神経科と書かれていたのだろう。

気になるのは看板の病院名が『昭和クリニック(字列から推測)』となっていたこと。これの理由は分からなかった。(看板はネットに写真が公開されている)

 

終わりに

野木病院

『子どもと老人特化の心の病を治す病院』が野木厚生クリニックのコンセプトだったので、心療内科的な色が濃かったようだ。これは精神病院と噂される理由の根拠となろう。

老人特化の部分が廃業後に構想された介護施設への再建に繋がったと考えられる。

産婦人科の噂は院長が産婦人科の元開業医だったから、或いは子どもにも重きを置いていたために流布されたのかもしれない。

こうなってくると廃業の理由も知りたくなるが、開業時点で院長が既に高齢だったことが関係しているのではないかと当て推量をしている。

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