通信に関する歴史的な廃墟・検見川送信所!もしかしたら今後史跡扱いになるかもしれないよ

検見川送信所

逓信省告示第七百四十三號

大正十五年四月十一日ヨリ左記東京無線電信局分室ヲ設置シ檢見川分室ニ於テハ送波ニ關スル事務ヲ岩槻分室ニ於テハ受波ニ関スル事務ヲ分掌ス但シ該事務開始期日ハ追テ告示ス

大正十五年四月七日
逓信大臣 安達謙藏

名稱位置
東京無線電信局檢見川送信所 千葉縣千葉群檢見川町
東京無線電信局岩槻受信所  埼玉縣南埼玉郡岩槻町

官報四〇八三號 一五三頁より

1926年(大正15)4月11日、検見川送信所・岩槻受信所を設置し検見川では送信に関する事務を、岩槻では受信に関する事務を受け持つ。
ただし、この事務の開始日は追って告示する。

この度訪問した検見川送信所は旧逓信省に関係する歴史的な廃墟である。

戦争史跡でもあるためか幽霊の出没する場所、所謂心霊スポットと噂されることもあるようだ。

いちのまる
いちのまる

あまり心霊スポットって感じはしないけどね!

検見川送信所へのアクセス

検見川送信所

最寄り駅は総武本線の新検見川駅。

現地まで700m、徒歩でおよそ10分。

近くに有料駐車場があるので自家用車で行くことも可能。

 

 

検見川送信所の歴史

検見川送信所

逓信省告示第千三百三十八號
大正十五年七月一日ヨリ東京無線電信局左記分室ノ事務ヲ開始ス
大正十五年六月三十日
逓信大臣 安達謙藏

名稱位置
東京無線電信局檢見川送信所 千葉縣千葉群檢見川町
東京無線電信局岩槻受信所  埼玉縣南埼玉郡岩槻町

官報四一五五號 七五八頁より

1926年(大正15)7月1日より検見川送信所・岩槻受信所の事務を開始する。

逓信省は1885年(明治18)に設置された郵便や通信、交通を司った行政機関であり、検見川送信所は逓信省の無線送信所として誕生、建物は東京中央郵便局旧局舎や大阪中央郵便局旧局舎の設計者・吉田鉄郎によって設計された。

1930年(昭和5)10月、ロンドン海軍軍縮条約の締結記念に日本初の国際放送が行われ、濱口雄幸首相の演説が検見川送信所経由でアメリカへ発信されている。

太平洋戦争時には占領した各地との通信目的で用いられたと云う。

戦後は日本電信電話公社(NTTの前身)が所有した。

1979年(昭和54)、衛星放送の誕生と発達によりその役目を終える。

 

終わりに

検見川送信所

生い茂る雑草により検見川送信所の全容は確認出来なかった。

冬に訪れればもう少し違った風景が見られたかもしれない。

一時は解体される話もあったが、その歴史的価値が認められ保存の計画が話し合われている。

まだどうなるか分からないけれども、史跡となった検見川送信所を見てみたいものである。

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