1971年に生田緑地で発生したローム斜面崩壊実験事故の悲劇について

生田緑地

神奈川県川崎市の生田緑地には心霊スポットの噂が流れている。

恐らくは過去に園内で発生した土砂崩れの事故が関係しているのだと思われる。

どのような事故だったのか?詳しく見ていこう。

 

事故の概要

生田緑地

上の写真は生田緑地にある事故の慰霊碑である。

事故は1971年(昭和46)11月11日に発生。

ローム台地の崖崩れに関する実験の最中に起きたため『ローム斜面崩壊実験事故』と呼ばれている。

10名が負傷、15名が死亡する大惨事となった。

 

実験の意味

生田緑地

ローム層の斜面に向けて人工的に散水を行い、わざと崩壊させて崖崩れのデータを取るという実験内容であった。

この背景には1955年(昭和30)頃から首都圏周辺で急激に進んだ宅地化問題がある。

宅地に不向きだが、土地の安い傾斜地や崖下などにむやみやたら住宅が建ったため、崖崩れの災害が頻発した。

そのための防災対策としてこの実験が行われたのである。

 

事故の背景

生田緑地

斜面の途中で土砂は止まると想定されていたが、予想を遥かに上回る勢いで土砂が流下したため、防護柵の後ろで控えていた研究者や報道陣は逃げる間もなく土砂に飲み込まれてしまった。

事故の原因は実験斜面にあった。散水した斜面には生田緑地の遊歩道を整備する際に出た捨土や過去の台風で発生した崩土が盛られていたのだ。堆積していた捨土や崩土の層が斜面崩壊の規模を大きくしてしまったと言われている。人の手を加えない自然の状態で実験をしたかったためボーリング調査などが殆ど行われず、土壌の状態を完全に把握出来ていなかった。

また、リスク管理の問題もあったと思う。仮に『斜面の途中で土砂は止まると想定されていた』としても実験斜面の麓に人間を配置すべきではなかった。といっても観察場所がそこしか無かったようだが。

実験の担当者は事前に捨土の存在を聞いて『実験斜面付近は立入禁止にすべきではないか?』と生田緑地公園事務所に交渉している。そして『崩壊実験につききけん』の立て札の設置や道路にロープを張るなどして一般人が巻き込まれないように事故の予防に務めた。しかし報道陣などまで立入規制することはしなかった、或いは出来なかったようである。

いちのまる
いちのまる

各所と連携を取りながら仕事をするのってとても難しいことですからね。

危険だと思っても一人の力ではどうにもならないケースはよくあります。

 

終わりに

生田緑地

実験関係者の2名が業務上過失致死傷で起訴されたが、事故から16年後に無罪を言い渡された。

裁判で多くの証人は『危険を察知して防げたはず』と証言したが『問題は土砂の流下速度と到達距離のいかんであり、崩壊事故の基本的な因果関係の重要部分がはっきりしないのであれば過失責任を問えないとする』という感じで判決が下っている。

報道陣が残したリアルタイムの動画が残っているので、当時の現場の状況が確認出来る。想像以上の土砂の勢いに驚きを隠せない。気になる方はネットで検索すればHITするので一度観てみるといいだろう。ただ少々閲覧注意かもしれない。撮影者は土砂に巻き込まれて亡くなってしまったから。

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