赤城山頂駅は1957年(昭和32)に赤城山頂と黒保根町を繋ぐ赤城登山鉄道の赤城山頂側に設置されたケーブルカーの駅です。
交通の発展に従って利用者が減少したため、1968年(昭和43)に閉鎖されています。
写真は赤城山の山頂付近にある覚満淵(かくまんぶち)と呼ばれる湿地です。
赤城山頂駅の場所
まずは赤城山の山頂にある大沼を目指します。
湖畔道路を進み大沼入口や赤城神社入口の看板を無視しまっすぐ進むと到着します。
遠方からいらっしゃる方は関越自動車道・赤城ICを下り赤城山方面へ向かいます。しばらく直進し畜産試験場の交差点を左折。進むと赤城山頂上付近に着きます。T字路を右折すると大沼の湖畔が見えてきます。そのすぐ近くです。
赤城山頂駅の風景
現在の赤城山頂駅はサントリー・ビア・バーベキューホールに改装され飲食、お土産店として運営されています。
店内には赤城登山鉄道の職員が使用していた宿直室が残されており、現在はケーブルカーに関する資料等が展示してあります。
赤城山頂駅・展示物より引用
当時の鉄道風景です。
赤城山頂駅・展示物より引用
黒保根側にあった利平茶屋駅の写真。
旧路線を歩く
赤城登山鉄道の廃線を歩くことが出来ます。
頑張れば黒保根側の利平茶屋駅跡まで行けるそうですが、途中から整備されている道がなくなります。山登りに慣れていない方は危険なので、踏破はおすすめしません。
祠が点在していました。
御神水の湧水地
しばらく下ると御神水の湧水地があります。
10分程急な階段を下りて疲れたのか、いつもより水が美味しく感じました。
脇に赤城の由来についての説明板があったの引用します。
赤城山の「あかぎ」の名稱の由来については、いろいろ言われているところではあるが、あかは色彩の赤色ではなく水をいう説が有力である。古い地名のあかは水に関係している。仏言の閼伽(あか)よりきたもので、平安朝においても宮廷語で天皇にさし上げる水を「あか」といい、源氏物語の中においてもあかといわれている。また、「あかおけ」とは天皇にさし上げる淨水を入れる「おけ」をいう。なお「あかる」はその淨水の井戸を稱している。
中国よりきた言葉で仏や貴賓に献上する水のことを、特に「あか」といわれたらしい。和名妙という本においても「あか」は淨水、功徳水として漢より伝わったものとされている。新古今集の中に「朝ことのあかゐの水に年くれて」という言葉がある。佐野市の赤見も弘法大師が発見した功徳水がでているところがのちの世に「あかみ」という地名に変わったようである。
川の源流には赤倉といわれる地名が多く、赤堀も水に関係している地名と思われる。赤城の「あか」も仏や貴賓に献上する功徳水が多く湧出したところで、城は「かこい」、「さく」または器を意味し、功徳水の器という意味であかぎといわれ、後年、赤城になったのかもしれない。
仏前に備える水棚も「あかだな」といわれている。よって、昔よりいい伝えられ皇族に献上されたというゆえんである。
佐羽家に於いて故飯村待従より
とのこと。
終わりに

赤城の名にこのような由来があるとは……。
赤城山麓で生まれ育ってきたのに知らなかったことを恥じました。
ここはまた時間があるときに訪れたい。赤城山を観光する方は、是非こちらにも訪れていただきたいです。冬は無理でしょうが夏場は涼しいですし、おすすめ。
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