悲劇の心霊スポット八王子城跡と御主殿の滝【東京の旅】

東京都の心霊スポットの中で群を抜いて恐悪度が高いとされる八王子城跡。

一体ここで過去になにがあったのか?まずは八王子城の歴史から簡単に述べ、さらに城跡の中で特に何処が心霊スポットとして有名なのかを紹介したいと思います。

私は『霊は存在するか?』と質問されたら『さぁ?知らない。居ても居なくてもどっちでもいい。』と答えるような人間です。でも心霊スポット巡りは大好き。そこに興味深い歴史があるからです。

前置きはこの辺にしておいて早速参りましょう!

 

八王子城跡への行き方

八王子ICを左に下ります。国道16号の八幡町交差点を右折し国道20号へ。町田街道入口の交差点を右折。城山大橋のY字路を左。中央自動車道の高架下をくぐってすぐに八王子城跡入口の信号がありますので左折すると到着です。道が混んでいなければ八王子ICから30分くらいで着きます。

高尾山ICからのほうが近いかもしれません!

 

八王子城の歴史

八王子城本丸の祠
写真は八王子城本丸跡。

八王子城は戦国時代に関東一帯を支配していた後北条氏の本拠地である小田原城の支城です。築城年については諸説ありますが1582年に北条氏照が築城とされています。後世に関東屈指の山城といわれるほど堅固な作りをしていましたが、築城の8年後に後北条家を滅亡に追いやる事件が起きてしまいます。1590年、豊臣秀吉による小田原征伐です。

 

八王子城からの展望
写真は八王子城跡から眺める景色。

1582年に起きた本能寺の変で織田信長が明智光秀に誅殺されてしまいます。同年、豊臣(羽柴)秀吉は敵討として大阪と京都の境で明智光秀を討伐します。これを山﨑合戦、または天王山の戦いといいます。

その後、秀吉は賤ヶ岳の戦い(1583年)で織田家最古参の柴田勝家を破ると、小牧・長久手の戦い(1584年)で徳川家康、織田信雄に苦戦しつつも戦略的勝利を治めます。そして四国攻め(1585年)、九州平定(1586~1587年)と順調に日本を豊臣色に染めていきます。

さて、秀吉の次の敵となったのは関東を治める後北条家です。こうして八王子城に悲劇をもたらした小田原征伐が始まりました。

 

八王子神社
写真は八王子神社。

小田原征伐で豊臣軍は『西国勢の豊臣・徳川軍、海路勢の長宗我部・宇喜多・九鬼軍、北国勢の前田・上杉・真田軍』の三手に分かれて進軍しました。この中で八王子城を攻めたのは北国勢の前田・上杉・真田軍です。

北国勢はまず松井田城(群馬県安中市)で投降した大道寺政繁を先頭に配置し道案内と後北条家の内情を探りながら群馬や埼玉の城を落城させつつ南下していきます。道案内のおかげで難なく八王子城までたどり着くとまずは投降を勧めます。

が後北条側は玉砕覚悟と投降使者を切り捨ててしまいます。これにて戦いの火蓋が切られます。

 

御主殿虎口
写真は御主殿虎口。

北国勢の前田・上杉・真田軍はこれまで投降してきた諸将を先駆けとし城兵と戦わせます。彼らとしてはここで武功をあげて認めてもらわなければ未来がないわけです。ついさっきまで味方だった人間同士が殺し合わなければいけない残酷な図が出来ます。

城攻めは深夜に始まり多勢に無勢、城下層の曲輪から徐々に落とされていきます。その後、御主殿(北条氏照の居住地)が攻められます。ちなみに八王子攻めの際、氏照は小田原城にいました。

 

金子曲輪
写真は金子曲輪。

前田軍は着々と進み中腹にある金子曲輪を落とします。ところが山頂付近の曲輪があまりに強固で苦戦を強いられます。しばらく膠着状態になりますが上杉軍が緊縛を破ります。

地元住民を懐柔して八王子城の裏道(現在の棚沢道と言われている)を案内させ奇襲をかけます。これにて戦いは終了。城兵は大混乱、後北条氏の重臣たちは自刃もしくは討ち死にしていきます。両軍合わせて1000人以上の死者を出した凄惨な戦いだったそうです。

 

八王子城 裏道の石垣
写真は非公式の殿の道。

御存じの通り後北条氏は豊臣秀吉に降伏し滅亡します。戦争責任で前当主の北条氏政、氏政の弟の北条氏照(八王子城城主)、不忠の罪で大道寺政繁(松井田城城主)、松田憲秀(重臣)が切腹。当主の北条氏直は徳川家康の婿であったため助命により高野山へ追放。そして後北条氏の領地はそのまま徳川家康に引き継がれていくのでした。

歴史についてはこれで終わりです。次は心霊スポットとして有名な場所を紹介しましょう。

 

心霊スポットとして有名な御主殿の

御主殿の滝

 

御主殿の滝 石碑
ここが八王子城跡で有名な心霊スポット御主殿の滝です。1000人以上が戦死しているので八王子城跡そのものが心霊スポットみたいな感じなのですがここは特に有名。

なんで有名かというと

「御主殿の曲輪が攻め落とされ、行き場のなくなった女、子供達がこの滝に身を投じて自害した。その後、三日三晩、城山川の流れが真っ赤に染まったという…。」

という話が残っているからです。

あながち嘘ではなさそうです。圏央道が出来るまではかなり流れが強かったそうなので敵に死体を辱められるくらいなら首を掻っ切って川へ身を投じようと思った人がいてもおかしくないでしょう。

 

終わりに

まぁ、これは心霊スポットになっても仕方ないかもですね。ただ面白おかしく行く場所ではないと思います。過去に何があったかをしっかり理解して厳粛な気持ちで御参りすべきです。そんなふうに感じさせる、ある意味神聖な八王子城跡でした。

当ブログ内の心霊スポットランキングを作成しましたので興味がある方はご観覧下さい。なおこの記事は適宜更新いたします↓

旅のまとめ【心霊スポットランキングベスト10 編】 

おしまい!



御主殿虎口

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


ABOUTこの記事をかいた人

いちちと申します。 休日の殆どを一人旅に費やしています。いつか流浪の民になって日本中を周って過ごしたい。歴史、B級スポット、心霊スポットのネタが多めな旅行記ブログです。 コメント待ってるよー!