山梨県

十文字学園河口湖寮跡へ!とあるホラー動画の影響で心霊の噂が広まったか?

十文字学園は十文字こと、戸野みちゑが1922年(大正11)に開校した文華高等女学校開校を起源とする学校法人であり現在も運営されている。河口湖寮の正確な開設時期は定かになっていない。
山梨県

巨大地下金庫で有名な廃墟・三洋証券洗心寮

これはかつて存在した三洋証券株式会社の研修・保養施設の廃墟で、敷地にある厳重な巨大地下金庫は廃墟界隈では余りに有名である。
山梨県

富士五湖のひとつ、山中湖へ!魔の湖底と呼ばれたこともあるみたいだけれども……

ざっくりと過去の新聞を調べてみただけで、山中湖に関する事故や事件の記事が20件以上見つかった。水難事故が多いのは言うまでも無い。また数件ではあるが、死体遺棄事件も発生している。これは山中湖に限らずある程度の規模を持つ水場の宿命であろう。
山梨県

風光明媚な河口湖でリラックス。ほんと幽霊なんて出るのかしらん?

数多くの水難事故が発生していることがわかる。ざっくり調べただけで平成年間に数十件、昭和期の古い新聞でも幾つかの死亡事故の記事を見つけた。事故が大半を占め、たまに自殺がある感じだ。
山梨県

心霊スポットとして有名だったホテル小曲園の跡地を歩く

読売新聞の2003年(平成15)3月7日の東京朝刊にホテル小曲園の完成と廃業についての記事がある。『ホテル小曲園は1952年(昭和27)に完成し、1989年(昭和64/平成1)に経営不振により廃業した』という内容だ。
茨城県

数百基の横穴墓群?!曾我兄弟の伝説残る十五郎穴へ

『十五郎』の由来はこの地に隠れ住んでいたと伝わる十郎・五郎という人物から。この二人は日本三大仇討に数えられる曾我兄弟の仇討ちの主人公である曽我祐成と時致兄弟を指す。曾我兄弟の仇討ちについては↓の記事で紹介しているので、興味のある方は御覧いただきたい。
神奈川県

神奈川県立歴史博物館に幽霊?!原因は関東大震災にあるらしいのだが……

この文章の“周辺では逃げ遅れてきた140人が焼死していた。”が強調されて噂の根拠となっているようだ。関東大震災によって横浜市では25,000人以上の死者・行方不明者が出ている。
茨城県

人間の顔が浮き出てくる?!成田不動明王の石碑、通称・おばけ石

1975年(昭和50)の夏にこの石碑に人間の顔が浮き出ていると世間を賑わせた。長髪の女性、或いは老人の顔に見えると云われていたようである。人によって見え方が異なっているので、ぼんやりと映る程度だったのかもしれない。
東京都

心霊サイトで紹介されていたので豊田陸橋へ赴いたが……?

どのサイトも『ここから飛び降りた人の霊が出る』と書かれているが、具体的な情報は一切記載されていない。何十年も前からある橋なので一人や二人落ちていてもおかしくはないか?ただこういう立地に架かる橋はたくさん存在するので、ここに限ったことでは無いとも思う。
茨城県

笠間市のブラックマンションへ!ほんとうに心霊スポットなのだろうか?

心霊スポットとして扱われているが、ここで事件や事故が発生したことはなさそうだ。正直言って取り上げるかどうか悩んだくらい退屈な心霊スポットであった。廃墟愛好家にとっては良物件なようだから、そういうのが好きな方は先人が残した内部の写真をネットで探してみるといい。
静岡県

朽ち果ててゐく廃墟美。伊豆半島の東伊豆町隔離病舎跡へ

ネットで過去の写真を確認すると渡り廊下や別棟が存在したようだ。残骸は確認出来たが、潰れてなくなっていた。残っている棟もこの有様なので、そのうち倒壊してしまうのだろう。完全に崩壊する前に現物を見れて、私は幸せである。
静岡県

老舗の有名廃墟・下田富士屋ホテルと心霊スポットについて思うこと……

2023年(令和5)1月22日の午前4時頃、下田富士屋ホテルから出火。建物は半焼してしまったが、けが人は出ていない。テレビニュースや新聞、SNSで『ホテルが火事になった。ここは心霊スポットとして知られる場所だった。』と情報が拡散されている。
山梨県

雛鶴隧道へ!名前の由来は鎌倉時代に存在したと伝わる悲劇のお姫様から?

雛鶴は鎌倉時代末期に存在したと伝わる女性の名前である。建武の新政で知られる後醍醐天皇の皇子・護良親王の寵妃だったらしい。雛鶴姫が草むらから護良親王の首を探し出し京都へ運ぼうとする最中に無生野で亡くなってしまったという伝説が残る。
山梨県

かつて石和温泉にあったウルトラマンハウスと呼ばれる廃墟と刑場跡?

石和温泉にウルトラマンハウスと呼ばれる廃墟があった。心霊スポットとして有名だったそうだ。現在は取り壊されて存在しない。心霊スポットの噂の根拠に『かつて刑場があった』というのがある。
茨城県

渋井町緑地碑の裏面に……。東茨城郡誌や水府異聞が伝える当地の歴史とは?

幕末期の水戸藩は天狗党(尊攘派)と諸生党(保守派)の対立が激しく血みどろの戦いを繰り広げた。上洛を目指していた天狗党が越前国で降伏すると諸生党は藩内の天狗党に属する人々の粛清を行った。戊辰戦争が発生すると今度は諸生党が追い詰められ天狗党の生き残りに粛清されている。
神奈川県

横浜市で唯一の渓谷!和田義盛に縁のある陣ケ下渓谷公園を歩く

陣ケ下の名称は鎌倉時代に源頼朝の御家人だった和田義盛が狩りのための陣を張ったことに由来しているそうだ。和田義盛は保土ケ谷に由縁のある武将なのでこのような言い伝えが残ったのであろう。渓谷は2004年(平成16)に風致公園として整備され、市民の憩いの場となっている。
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