勘十郎堀跡とは?なぜ心霊スポットの噂が流れているのだろうか

勘十郎堀跡

勘十郎掘は18世紀の初めに掘られた未成の運河である。

水戸藩は3代目辺りから財政難に陥り藩政改革を行わねばならなかったが、自力だけではどうにもならず、藩外から財政家の松波勘十郎らを起用して財政の立て直しを企図した。

この水戸藩の藩政改革を宝永の新法と呼ぶ。

その一環で松波勘十郎は商品流通の活性化を目指して運河の掘削に取り掛かった。幅24メートル、深さ20~30メートルの運河を延べ約130万人動員して約2年掛けて掘り進めたが資金調達や工事の困難さから完成に至らなかった。

勘十郎堀跡

松波勘十郎の財政策は非常に強引で領民たちを酷く苦しめた。

これが水戸の宝永一揆に繋がっていく。

見兼ねた水戸藩は勘十郎を罷免した。その後、勘十郎は江戸から追放され京都にいたが、再び江戸に入り捕縛された。

そして様々な嫌疑がかけられ水戸の赤沼牢屋敷に繋がれそのまま獄死した。

 

終わりに

勘十郎堀跡

勘十郎堀には心霊スポットの噂があるようだ。

『大規模工事によって亡くなった労働者が云々』或いは『無念の内に獄死した勘十郎の霊が出る』ということだろうか?

詳しいことは幽霊が見える人に聞いて欲しい。

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