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お金のパワースポット・富来神社の歴史を解説!金運アップの由来とは【大分】

富が来る。

大分県国東市には、すこぶる縁起の良い「富来(とみく)」という地名があります。

自治体は富来港から文殊仙寺までの約10kmを「開運ロードとみくじ」と名付け、観光振興を行っています。パンフレットを見る限り、宝くじの販売促進も大きな狙いとなっているようです。

今回は、その「開運ロードとみくじ」のコース内にある「八坂社(富来神社)」についてご紹介します。

 

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富来神社へのアクセス

大分空港から国道213号線を国東市街地方面へ進み、市役所を越えます。

しばらく進むと「富来浦」の信号があるので左折します。

そのまま直進して5分ほど進んだ右側に富来神社があります。

富来神社について

富来神社

見た目は普通の神社ですが、ここには興味深い歴史があります。

拝殿に神社の由来が書かれていましたので引用して紹介いたします。

祭神素戔嗚命(天照皇大神御弟神)外左右両殿廿三柱
當社は今より壱千参拾年の昔、
村上天皇天徳三年己未正月常州石井大明神の禰宜式部大夫岡仁兵衛政広、
聖武天皇の勅願社播州廣峯神社(牛頭天王)に宿願のことありて参籠す、
満願の暁神託あり曰く
「朕分身して西海に遊ばんと欲す、汝速に小船を造り朕が容貌を載せて海上に浮べ供奉すべし、其の船の止まる処にて庶民守護の地を卜洲せん」
と政広夢の如く覚めて奇遇の心を生じ驚懼して御神勅の如くす、
海波静穏御船西を指して馳すること飛ぶが如く、
豊後国国東郡富来浦三つ石に止まり給う、
此に於いて政広纜を繋いで村里に告ぐ、
郷中(富来、富来浦、浜崎、堅来、深江、大恩寺旧六ヶ村)の庶民悉く皆渇仰して之を迎へ今の磯の神にて神饌を供へ一時富来丸山(今元宮と称し大石あり)に鎮座し仝年十月社殿成り十一月現社地に奉遷す、
古来富来郷の総廟として尊崇し奉った。

(當社の由緒より引用)

御祭神は素戔嗚命(すさのおのみこと)と他23柱とあります。

 

富来神社

村上天皇の治世・959年(天徳3)に常州(現在の茨城県)石井大明神の岡仁兵衛政広(鎌田政弘)という人物が播州(現在の兵庫県)廣峰神社に参籠し、牛頭天王(ごずてんのう)の神託を賜りました。

その内容は、「私は西海へ行きたい。船を造り、分身を連れていきお供えをしなさい。船が止まった場所を庶民守護の地とする」というものです。

 

富来神社

牛頭天王の神託を受けた政広がたどり着いたのは、富来港の沖でした。

政弘が富来郷の住民にこのことを伝えると、皆感激して迎え入れ、社を建てました。これが富来神社の成り立ちとされています。

牛頭天王(ごずてんのう)を由来とする神社なのに、御祭神が素戔嗚命(すさのおのみこと)となっているのは、神仏習合の歴史の名残です。日本古来の神様である素戔嗚命と、インド由来で疫病よけの神である牛頭天王は、いつしか「同じ神様である」と考えられるようになり、どちらも信仰の対象となりました。

その後、明治時代の神仏分離令によって社名や祭神の整理が行われましたが、もともとの由緒や伝承の中に「牛頭天王」の名前が深く根付いているため、現在でもその由来が大切に語り継がれています。

 

子連れ唐獅子と運玉唐獅子

富来神社

こちらは「子連れ唐獅子」。

 

富来神社

そしてもうひとつ「運玉唐獅子」です。

唐獅子が抱える運玉を触ると、何か良いことがあると言われています。

参拝の際はぜひ触れてみてください。

 

終わりに

祈願成就したいこと、とくにお金に関する願いがある方はぜひ富来神社へ足を運んでみてください。

歴史的な背景を知って参拝すると、また違った味わい深さが見つかるはずです。

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