佐賀県

北山ダムが心霊スポットだと言われる理由【佐賀】

1957年3月30日、嘉瀬川の最上流域に北山ダムは築造された。『降れば大水、照れば干ばつ』佐賀平野で暮らす人々は昔から洪水と干ばつの被害を耐え忍んできた。佐賀県は山地よりも平野の割合が高いため、大雨が降れば山間部の少ない森林が保水しきれず洪水が発生し、日照りが続けば乏しい保水力が故に干ばつが起こる。
佐賀県

厳木ダムに心霊スポットのうわさが流れている件について【佐賀】

唐津市厳木町にある厳木ダム。ダム湖の周囲を走る県道に4本のトンネルがある。そのいずれかでテケテケというオバケに追いかけられるという噂があるようだ。せめて、女性の泣き声がするとか、石が動き出すなんて霊現象だったら、歴史的な根拠があって面白いのにと思った次第である。
佐賀県

心霊スポットのうわさがある河内ダムについて調べた【佐賀】

水没が関係ないのだとしたら、後は事件や事故関連だろうか?昭和後期の資料は残念ながら探し出せなかったが、なんと1998年(平成10)にここで殺人事件が発生していことが判明した。20代の男性が河内ダムえん堤下駐車場で暴行され、放水路に投げ込まれ死亡したという事件。
佐賀県

龍造寺隆信の生誕地と高伝寺境内の墓へ【佐賀】

龍造寺隆信は1529年に肥前国の水ヶ江城で生まれた武将です。龍造寺氏は国人衆として少弐氏に仕えていましたが、隆信の下剋上によって戦国大名まで上り詰めています。肥前国を統一後、更なる勢力拡大を目指し豊後国の大友氏や薩摩国の島津氏と対立するようになりました。
佐賀県

イノちゃん山荘とは?廃墟系心霊スポットのデマ【佐賀】

心霊スポットとして有名になったのは稲川淳二さんの『恐怖の現場~終わらない最恐伝説~VOL.2』で紹介されている『I山荘』が発端であろう。彼は作品の中で『I山荘』についてこう語っている。こんなこと言ったらオカルト界隈から爪弾きにされそうだが、これが嘘の情報なら結構な罪を犯していると思う。
佐賀県

大財公園に心霊スポットのうわさがある理由【佐賀】

写真の石碑が『戦死者を祀る碑』かもしれない。摩耗していて文字は全く読めなかった。1995年から420年前は1575年。肥前の熊こと龍造寺隆信が肥前国を統一するかどうかの時期だった。恐らくは『肥前国内の国人衆を排除するための戦』か『豊後から攻めて来た大友宗麟を撃退した戦』に関する古戦場なのだろう。
福井県

名勝・東尋坊へ!自殺の名所と言われた場所の今【福井】

東尋坊は柱状節理の世界三大絶勝のひとつに数えられる名勝である。他の二箇所はノルウェーの西海岸と朝鮮半島の金剛山。非常に珍しい地形なので国の名勝・天然記念物に指定されている。転落防止用の柵が設置されていないので崖の際まで行くことが可能。油断したら落ちるので注意が必要。落ちたらまず助からない。
富山県

松倉城とは?越登賀三州志・故墟考から歴史を振り返る【富山】

松倉城は魚津市の南部に位置する鹿熊山の頂上に築かれた連郭式の山城です。その規模から増山城(砺波市)、守山城(高岡市)と共に越中三大山城の一つに数えられています。一帯の統治者は松倉城を死守しなければなりませんでした。なぜなら城の背後に金山を抱えていたからです。故に広範囲に亘る堅牢な城郭群が築き上げられたのでしょう。
富山県

日本三大大仏に数えられる高岡大仏について【富山】

富山旅行で訪問した高岡城散策の際に偶然見つけた高岡大仏。上の写真をご覧いただくとわかりますが、寺院自らが日本三大大仏を謳っています。強豪犇ひしめくなか、残りの一座を他を差しおいて堂々名乗る覚悟は見事としか言いようがありません。さて、高岡大仏にはどのような歴史があるのでしょうか?
富山県

越中高岡城へ!前田利長が隠居のために築いた城だけど……【富山】

高岡城は初代加賀藩主・前田利長が江戸時代初期に築いた平城です。現在、城跡は高岡古城公園として整備され、園内に石垣や堀、井戸などの僅かな遺構が残ります。2015年(平成27)には歴史的な価値を認められ国の史跡に指定されました。
富山県

富山城の歴史と越中売薬の基礎を築いた前田正甫について【富山】

或ハ富山城ヲ安住城又安城ト云訛也(安住、安ハ安田城ノ一名)富山城新川郡ニ在テ平城也西ハ神通川ヲ帯フ其城築ハ水越越前守勝重経始ト云(中略)神保氏三世之ニ據ト也越登賀三州志 富山城より或いは富山城を安住城、又は安城といった。富山城は新川郡にあっ...
佐賀県

大隈重信や江藤新平が通った佐賀藩の藩校・弘道館跡へ【佐賀】

弘道館は佐賀藩・八代藩主の鍋島治茂が1781年に創設しました。十代藩主・鍋島直正は教育を重要視し弘道館を整備拡張、教育予算を大幅に増額させます。そして学び育った優秀な人材を出自問わずに登用しました。弘道館からの優秀な人材、名君・鍋島直正の先見の明が佐賀藩を他藩よりもいち早く近代化させることに成功します。
佐賀県

三瀬峠の聾なおし地蔵と国境石について【佐賀&福岡】

佐賀新聞に『三瀬峠女性殺人・死体遺棄事件』『三瀬峠OL殺人・死体遺棄事件』とある。当時の新聞を読まないと詳細は分からないが、犯人は捕まらず時効を迎えています。また吉田修一氏の『悪人』という小説に三瀬峠が描かれている。上記事件と同様に作中で女性が殺害され、峠に死体が遺棄されている。
佐賀県

眼病平癒のパワースポット・観音の滝へ【佐賀】

後程詳しく紹介するが、ここは眼病に御利益があるパワースポットとして知られ多くの参拝者が訪れる。また夏場になると涼しさと癒しを求める観光客で賑わうとの事。ところがオカルト界隈では観音の滝を曰く付きの場所として扱っている。所謂心霊スポットというやつだ。心霊の根拠はあるのか?その辺りを探ってみよう。
佐賀県

清水の滝と二つの石碑について【佐賀】

清水観音宝地院の境内にある清水の滝。滝壺の傍に倉永節士清雄之碑と誠感碑と呼ばれる石碑が置いてある。ここで亡くなった倉永清雄と下村芳充を偲んで建立されたものとの事。それでは清水の滝、及び二つの石碑について見ていこう。
佐賀県

江藤新平と佐賀の乱について【佐賀】

江藤新平は幕末から明治初期に活躍した佐賀県出身の政治家で、『佐賀の七賢人』、明治政府に貢献した『維新の十傑』の一人に選ばれています。征韓論を巡る政争の結果起きたとされる明治六年政変で下野したのち、佐賀県に帰省し佐賀の乱のリーダーの一人として新政府軍と戦いますが、新政府軍に敗北し捕縛され獄門に処されてしまいます。