鹿児島県

ザビエル公園が心霊スポットだといわれる理由について【鹿児島】

ザビエル公園がある東千石町には千石取り以上の武士が住む武家屋敷が並ぶ町がありました。所謂上級武士がこの辺りを闊歩していたのでしょう。1908年にエミール・ラゲ神父がザビエルの功績を称えて石造りの記念教会を建てました。エミール・ラゲ神父は日本で布教活動をし聖書の日本語翻訳や仏和辞典を編纂した人物です。
鹿児島県

南郡元町の牛掛灘の古戦場の案内板について【鹿児島】

後醍醐天皇から征西大将軍に任命された懐良親王(後醍醐天皇の息子)は吉野から四国を経由して薩摩に上陸。そして谷山隆信・忠高の一族が守る谷山城に入ります。征西大将軍は九州や四国を平定するための将軍のこと。看板の説明と時代背景を鑑みるに牛掛灘の合戦は、
群馬県

草津温泉へ行ったら絶対寄って欲しい白根山の湯釜【群馬】

草津温泉に行ったら是非訪れていただきたい草津白根山。頂上までの道のりは活火山特有の殺伐とした風景が続き、何というか……。地獄にでも来てしまったのか?と思わせるような雰囲気です。しばらく車を走らせ山頂付近まで到着するとレストハウスがあり、山の方に目をやるとトーチカのようなものが点在しています。
群馬県

敷島公園と大久保清の連続殺人事件の関係【群馬】

日中の敷島公園は前橋市民の憩いの場として穏やかな雰囲気に包まれています。しかし真夜中になると状況が一転!恐怖の心霊スポットに変貌してしまうらしいのです。血だらけで苦悶の表情を浮かべた女性やびしょ濡れになった女性の霊が公園付近を徘徊するとのこと…。さて、何故そんな恐ろしい噂が広まってしまったのか?
群馬県

大胡氏と大胡城の歴史について【群馬】

南北朝時代から室町時代にかけての大胡氏は不詳なことが多いです。元弘の乱で鎌倉幕府の味方をして没落したともいわれていますし、その後の足利尊氏(兄)vs足利義直(弟)の戦いで尊氏側について上野国で戦ったともいわれています。
群馬県

なぜ、岩神の飛石に心霊スポットのうわさが流れているのか?【群馬】

岩神の飛石は心霊スポットとして知られています。理由は上述した前橋風土記の内容のままです。民が『この岩は変わった色をしてとても珍しいから神様として崇めよう!』と社を建て、いたずらや悪さする人がいたので誰かが『触ると呪われて死ぬよ?』と脅しかけ、それが曰くつきの場所として伝わり現在に到ったのでしょう。
群馬県

剣聖・上泉信綱の居城だった上泉城へ【群馬】

上泉信綱は1508年に群馬県前橋市の上泉城に生まれ、1577年に奈良県の柳生谷で亡くなったとされています。生没年は諸説あります。藤原秀郷の流れを汲む大胡氏の一族、若しくは足利将軍の命で大胡氏再興のために関東へやってきた河内源氏の一色氏の流れという説もあります。信綱は祖父や父の影響で兵法書や剣術を学び成長していきます。
熊本県

布田保之助が命を懸けて完成させた通潤橋【熊本】

通潤橋は江戸時代後期に用水確保を目的として築造された石橋です。白糸村(現・山都町)には緑川という大きな河川が流れています。しかし川は深い谷の底を流れていたため用水の確保に大変苦労したそうです。そこで惣庄屋の布田保之助は用水橋を架け谷の対岸から水を導こうと考えたのでした。
熊本県

重要文化財の霊台橋の歴史【熊本】

弘化2年、惣庄屋に就任した篠原善兵衛が石橋の架橋を計画します。施工者は大工棟梁の伴七、種山村の石工である卯助、その兄弟の宇市、丈八。そして地元の民衆です。工事は弘化3年に開始され6~7ヶ月後、翌年の弘化4年に落成、渡初が行われました。梅雨や台風を避けるためかなり急ピッチで作業が行われたそうです。
宮崎県

心霊スポットのうわさが流れている平和台公園について【宮崎】

宮崎市の平和台公園が心霊スポットとして有名だという情報を得て訪れました。公園で一番インパクトがあったのは平和の塔。荘厳な雰囲気がとてもカッコよかったです。それ以外ははにわ園がちょっと面白いなと感じた程度であとは『凄く広くて賑わっているな。』くらいかな。何で平和台公園が心霊スポットなのか?
佐賀県

佐賀県立森林公園の千人塚に心霊スポットのうわさが流れている理由【佐賀】

佐賀県を流れる嘉瀬川下流域にある佐賀県立森林公園。全体的にかなり賑やかな公園ですが、ここだけは『しーん』としたちょっと湿っぽい雰囲気が感じられます。どうやらその一角だけ心霊スポットとして知られているようです。千人塚とは災害地や刑場などで亡くなった多くの命を弔うために造られた塚のことをいいます。
宮崎県

飫肥城と伊東氏の歴史について【宮崎】

飫肥城は宮崎県日南市中央部に位置する飫肥地区にあった城です。築城年や築城者は不明ですが、少なくとも南北朝時代には存在していたのではないかと考えられています。戦国時代に入ると伊東氏と島津氏が飫肥城を巡り争っています。
宮崎県

九州地方のど真ん中にある五ヶ瀬ワイナリーに行ってきた【宮崎】

五ヶ瀬ワイナリーのこだわりは『五ヶ瀬のぶどうを100%使用したワイン』を造ることです。五ヶ瀬の土地が醸造用ぶどうの栽培に適しているかどうかは専門家じゃないのでわかりませんが、ワイナリーを建てて地元で採れたぶどうからワインを造るってロマンありますね。白、赤、ロゼ、スパークリング。色々なワインが売られています。
福岡県

立花道雪にゆかりのある立花山城へ登城【福岡】

立花山城は福岡市、新宮町、久山町に跨る立花山に築かれた山城です。鎌倉時代或いは南北朝時代、豊後大友氏の一族・立花貞載が重要な貿易都市である博多を支配するために築城したと伝わります。戦国時代に入ると城主・立花鑑載が主家の大友宗麟を裏切り毛利元就に従ったため
福岡県

旧仲哀トンネルと西口彰事件について【福岡】

福岡県の最恐心霊スポット・旧犬鳴トンネルに次いで恐ろしいと噂されている旧仲哀トンネル。このトンネルは明治時代に造られました。1884年に工事が始められ1889年に貫通、1890年に開通しました。旧仲哀トンネルがどうして心霊スポットとして扱われる理由は西口彰事件が関係していると思われます。
福岡県

若戸大橋と洞海湾に沈んだ若松城【福岡】

1500年前半には城があったとされていますが、築城年や築城者は不明です。船の往来を監視するために造られたものだと思われます。関ヶ原の合戦後の1601年、筑前入りした黒田長政は国境を守るため黒田六端城と呼ばれる6つの城を築きました。その中の一つが若松城で城主に三宅家義という武将を置きました。