大分と宮崎の県境に位置する交通の難所・宗太郎峠へ!とある秘境駅に訪れて思う

宗太郎峠

大分県佐伯市の宮崎県延岡市の県境にある宗太郎峠。

ネット上ではあまり心霊スポットとして扱われないが、大分県に住んでいたとき『あそこはなんだか不気味な峠だ。』という話をする方がいたので赴いた。

峠には小さな集落があり、その上部に宗太郎駅という秘境駅がある。

宗太郎駅は小倉から鹿児島を繋ぐ日豊本線にある無人駅だ。

 

宗太郎峠

1947年3月1日に開駅。小さな集落の一角にあるこの駅には、1日に上下3本ずつしか止まらず、大分方面へ向かう列車は午前6時41分の後は午後5時23分まで停車しない。

2011年度の年間乗客数は60人。一日平均で0.16人だ。

朝日新聞社 鉄道ものがたり)宗太郎駅 「なにかある」県境の秘境駅より一部引用

2020年2月21日現在、更に本数は減り上下合わせて3本の列車しか停車しない。

利用者は集落の方々と秘境駅ファン達だけであろう。

 

宗太郎峠

電車で向かうとなると時間的に厳しい。

降車したら迎えがない限り当分の間戻れなくなる。

自動車やバイクでのアクセスはそれ程困難ではない。

難点は駐車場が無いことか。

私は交通の妨げにならないよう場所を選んで路駐した。

 

宗太郎峠

月日が経つほどに集落は縮小し、利用者は減少していく。

やがて人々の姿が消え宗太郎駅は無くなってしまうかもしれない。

もう流れは止まらない。

日本各地にある限界集落はこんな感じだ。

人が去れば、自然に帰るだけである。

少し寂しい気もするが、仕方あるまい。

 

宗太郎峠

2番線ホームに記念碑が建つ。

西畠駅長ハ宗太郎信号場ニ旅客乗降場ヲ設置シ山間僻陬ノ民ヲシテ交通文化ノ恩恵ニ浴セシメントシ着任以来東奔西走ヨク地元民ト協力シテ促進運動ニ努メ遂ニ之ガ実現ヲ見ルニ至ル其功績実ニ大ナリ依テ有志一同発起ノ上開業ノ当日ヲトシ茲二同氏ノ記念碑ヲ建立スル所以也 昭和七年十二月六日 発起人一同

西畠駅長は宗太郎信号場に旅客乗降場(駅)を設置して山間の僻地の民に交通文化の恩恵を受けさせようとし、着任以来、東奔西走よく地元民と協力して促進運動に努め、遂にこれが実現を見るに至った。
その功績は本当に偉大だったので有志一同が発起の上、開業の当日に同氏の記念碑を建立する所以なり。
昭和7年12月6日 発起人一同

駅長の功績を称える文章が石碑の裏側に刻まれている。

摩耗して読みづらいところもあったが、大筋は間違えていないと思う。

上で引用した朝日新聞社の記事には『1947年3月1日に開駅』とあり、石碑には『昭和7年12月6日』とある。昭和7年は1932年。

この時間差は何だろうか?

少し調べてみたが、これ以上の情報は見つけられなかった。

本来喜ばしいはずの記念碑が物悲しい雰囲気を醸し出している。

 

終わりに

宗太郎峠

駅の待合ベンチには宗太郎駅のファンが一言添えた石が並べられている。

これには何だかほっこりした。

私は何も残さなかったが、記念に一筆残すのも一興かと。

不気味な雰囲気があるという噂を聞いて訪れたけれど、確かに一抹の寂しさを感じたものの霊的な怖さは一切感じなかった。

付近で死亡事故が発生したこともあるが、このような峠道では珍しい話ではない。

理由はわからない…。

何故かここを心霊スポットだと思いたくないのである。

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