古戦場

長崎県

日本最大級の内乱、島原・天草の乱と激戦の地、原城の歴史を振り返る

原城は1637年に勃発した島原・天草の乱で一揆勢が籠城し、幕府軍と死闘を繰り広げた場所である。一揆勢は敗戦後に老若男女問わず惨殺され、この地に無造作に埋められた。発掘調査でキリシタン関連の遺物や陶磁器、武器、そして人骨などが確認されている。原城の歴史、島原・天草の乱について簡単に紹介しようと思う。
岐阜県

岐阜城を頂におく金華山に纏わる怖い噂について調べてみた

織田信長による稲葉山城攻めのワンシーンである。この戦いで稲葉山城を攻略した信長は、小牧山城から当城に本拠を移し、城及び地名を岐阜と改めた。稲葉山は現在、金華山と呼ばれ岐阜市のシンボル的な存在となっている。由緒ある岐阜城が建つ金華山に何故だろうか?不吉な噂が囁かれていると云う。一体何があったのか?
埼玉県

『のぼうの城』の舞台として知られる忍城へ!ここって本当に幽霊出るの?

忍城は和田竜の歴史小説『のぼうの城』の舞台になったことで一躍有名になった城である。この小説は2012年(平成24)に映画化されており人気を博した。第36回日本アカデミー賞で多くの優秀賞を受賞している。忍城を心霊スポットとして紹介するサイトがあった。何か根拠はあるのか?
群馬県

上州の黄斑こと長野業正が死守した箕輪城へ!武田信玄との壮絶な戦いの末に…。

長野氏は平城天皇の第一皇子・阿保親王の五男・在原業平の後裔と伝わるが、伝説の域を出ない。箕輪城の築城者は長野尚業、或いは憲業(信業)とも云われている。戦国時代には西上野を狙う武田信玄と箕輪城主、長野業正が激しい戦いを繰り返した。今回は『箕輪城の歴史』と『上州の黄斑こと長野業正』を簡単に紹介する。
島根県

津和野城に怖い噂?!一体何があったのか?その歴史を振り返る

 島根県にある津和野城。『元寇の来襲に備えろ!』という鎌倉幕府の命を受けた吉見頼行が築城した山城である。ここはどうやら心霊スポットとして知られているようだ。城の歴史を軽くさらってみたが、残念ながらその根拠は判明しなかった。では、津和野城の歴史を振り返っていこう。
兵庫県

三木の干殺しとは?三木城が曰く付きの場所と噂される理由について

兵庫県三木市の三木城跡に訪れた。戦国時代、羽柴秀吉は三木城を兵糧攻めにて攻略した。余りに凄惨な戦いだったため三木の干殺しと名付けられ、現在まで語り継がれている。故に曰く付きの場所、所謂心霊スポットとして紹介されることもある。では、三木城の歴史を詳しく見て行こう。
熊本県

心霊スポットと噂される娑婆神峠!響ヶ原の戦いと西南戦争が原因か?

娑婆神峠は心霊スポットとして知られています。心霊サイトを覗くと『自ら命を絶った人の霊が出る』とあります。新聞データーベースを検索して事件や事故が起きていないか調べると1件だけ交通事故に関する記事が見つかりました。またここが古戦場だということがわかりました。時代を隔てて2度の合戦が行われています。
熊本県

西南戦争の古戦場・吉次峠について。心霊スポットと言われているが…。

吉次峠は心霊スポットとして知られています。ここが古戦場だからです。西郷隆盛が挙兵し西南戦争が発生します。西郷軍は鹿児島から北上し熊本城を落とすため包囲しますが思うようにいきません。その間に官軍は軍を招集し熊本城の救援を試みます。西郷軍は博多~熊本間にある田原坂や吉次峠の防御を固め官軍を迎え撃ちます。
福岡県

元寇に関する供養碑・蒙古塚について。心霊スポットとして知られているけど理由は察して

福岡県の志賀島にある蒙古塚。古くは首切塚というおどろおどろしい名で呼ばれていました。心霊スポットとして知られているこの場所で何があったのか?元寇とは?鎌倉時代中期、モンゴル帝国が2度に亘って日本を侵攻しました。これを元寇といいます。1274年の戦いを文永の役、1281年の戦いを弘安の役と呼びます。
鹿児島県

最後のお別れ涙橋…。心霊スポットといわれる所以を涙橋決戦之碑や元文の板碑から探る

鹿児島の涙橋には悲しい由来があります。江戸時代、刑場に連行される罪人が最後のお別れをした場所がこの橋のたもとだったといわれています。多くの人々が涙を流したことから涙橋と呼ばれるようになりました。という暗い歴史が残っている場所ですのでいつの頃からか心霊スポットとして有名になってしまいました。
群馬県

150体の…。心霊スポット・八幡塚の首塚の歴史について

戦国時代の群馬県は武田、上杉、後北条といった強烈な隣国に囲まれていたため戦場になりやすい立地にありました。八幡平の首塚も武田氏や西上野に関する歴史的に重要な史跡です。この辺りが戦場となり多数の死者を出したという証拠が見つかっていることから、心霊スポットとして有名になってしまいました。
大分県

豊薩合戦と西南戦争の古戦場へ訪問!三国トンネルが心霊スポットといわれれる理由は?

大分県の三国トンネルは心霊スポットとして有名です。心霊スポットは自然災害、殺人や自殺、戦争などが起きた悲しい過去を持っている場合が多いです。三国トンネルは血生臭い歴史があったため心霊スポットとして扱われるようになったようです。それでは何故ここが心霊スポットになったのかを見ていきましょう。
福岡県

大友宗麟の重臣・高橋紹運はどうして岩屋城の戦いで玉砕を選択したのか?

高橋紹運は豊後大友氏の三老の一人である吉弘鑑理の三男坊です。高橋鑑種の後釜として宝満山城と岩屋城を引き継ぎ立花道雪と共に筑前国の支配を任されることになります。高橋紹運と立花道雪といえば高橋統虎と立花誾千代の二人を思い浮かべる方が多いでしょう。統虎は紹運の長男で後の立花宗茂、誾千代は道雪の一人娘です。
熊本県

死屍累々の心霊スポット・田原坂公園?!西南戦争で起きた苛烈な争い、田原坂の戦いについて

田原坂公園はその凄惨な歴史からよく心霊スポットとして紹介されています。なんせ死傷者が両軍合わせて5000人以上ですからね。きっとこの辺りは死屍累々だったのでしょう。私は霊的なものを全く信じていないので何とも思いませんでしたが、歴史を知ったら怖いと感じる方もいるかもしれませんね。
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