墓地

東京都

東京競馬場の怪異!魔の第3コーナーと都指定旧跡の井田是政墓について

東京競馬場の第3コーナーから第4コーナーの間にある井田是政の墓である。赤丸で囲っている場所が井田是政の墓で、墓の辺りは通称・大ケヤキと呼ばれている。井田是政の先祖とされる畠山重忠については彼の首塚に訪れたので後日紹介しようかと思う。
東京都

三千人塚では無かった?鎌倉攻めに関する史跡だと思って訪問したが…

厳重に柵に囲まれた小さな塚に立派なエノキの木が生え、その根元には青みがかった板碑が安置されている。この塚は新田義貞による鎌倉攻めの一環で発生した分倍河原の戦いの戦没者を弔うために建てられたという伝承から三千人塚と名付けられた。
神奈川県

かつて緑ヶ丘霊園にあった『さとしちゃん像』について

むかし、緑ヶ丘霊園にさとしちゃん像と呼ばれる像が建っていたのだが、現在は撤去されている。さとしちゃん像の裏手にあるため池で事故死をした少年の慰霊碑だと考えられている。それ以降子どもの幽霊が出るようになったと云われている訳だ。
栃木県

栃木三大廃病院?!霊園の駐車場に生まれ変わった都賀病院跡地へ

かつてここには通称・都賀病院と呼ばれる廃病院があった。現在は霊園として整備されている。ネット上で建物が現存していた時代の画像を見るとレントゲン室や手術室が残っていることが分かる。『都賀病院 廃墟』とでも調べれば検索にHITするので興味のある方は調べてみるといいだろう。
神奈川県

源氏の頭領!鎌倉幕府を開いた源頼朝の墓は何故質素なのか?

源頼朝の死は謎に包まれている。鎌倉時代の歴史を語るに外せない史書・吾妻鏡は頼朝死去の前後の記述を残していない。他の史料からほぼ間違いなく1199年(建久10)1月13日に亡くなったと判明していて、家臣の妻を供養するために出掛けた帰りに落馬してそれが原因で病気となり死亡したと云われることが多い。
神奈川県

鎌倉幕府の終焉地、腹切りやぐらへ!太平記に描かれる北条高時の最期について

この場合の『やぐら』は見張り台の櫓ではなく横穴式墳墓を指す。腹切りやぐらは鎌倉幕府第14代執権・北条高時が切腹した場所と伝わるが、太平記を読む限りやぐらで切腹をした描写は無い。東勝寺跡は数回に亘って発掘調査が行われており、その実在は証明されている。腹切りやぐらまでのハイキングコースは全面通行止めとなっている。
神奈川県

中世の大墳墓!まんだら堂やぐら群跡に訪れたけど…。期間限定オープンだったというお話…。

鎌倉七口のひとつ名越切通の中にあるまんだら堂やぐら群。『やぐら』とは鎌倉市に点在する中世の横穴式墳墓のことで、主に武士や僧侶、文化人などの上流階級の人々が埋葬された。鎌倉時代後期から室町時代中期頃まで造られた『やぐら』は3000基以上確認されている。まんだら堂やぐら群は現在のところ常時開放されていない。
千葉県

大須賀山(堂の山)に頂に安置される馬加康胤の首塚と五輪塔の謎について

墓石や地蔵尊を脇目に奥地へ進み入ると人為的に盛り土したような小高い丘が現れ、頂に背の高い五輪塔が聳え立つ。この丘は室町時代前期に活躍した馬加康胤という武将の首塚だと伝わり、馬加康胤の死去から凡そ180年後の1637年(寛永14)に五輪塔は建てられた。
千葉県

死人坂と東福寺の関係を教えて頂いた!過去の空中写真も眺めて確かめよう

死人坂の名が記載されている文献は見当たらない。 千仏堂跡には東福寺の檀家のお墓がある。 千仏堂へ葬列が向かう風景から、このような俗称で呼ばれるようになったのではないかと思う。 もともと東福寺の境内は1つの台地にあって、千仏堂と東福寺の間に坂は無かった。 昭和30年代の開発によって台地が削られ坂が出来た。
東京都

麻布山善福寺と逆さイチョウ!心霊スポットの噂があるらしいけど根拠はあるのだろうか?

さて、当ブログで紹介している場所は情報の多寡はあれど全てに心霊スポットの噂がある。心霊スポットを扱う他のサイトを拝見すると『戦国時代に討ち取った敵の手首をイチョウの近くに置いて手柄を報告した。それ故に"血吸いイチョウ"と呼ばれている。』と記されていた。
東京都

雑司ヶ谷霊園を歩く!こちらに眠る先人たちをざっくりではあるが紹介しようと思う

歴史上の偉人の墓が多くあると聞き入れ、雑司ヶ谷霊園へ赴いた。当然の如く心霊スポットの噂が流布されているようだが、今回の私にとっては些末な事である。このようなサイトを運営しているため、日頃から霊のことが頭から離れない私であるけれども、次々と眼前に現れる偉人達の墓を眺めている内にすっかり忘れてしまっていた。
東京都

徳川慶喜、渋沢栄一などなどの著名人が眠る谷中霊園を散歩してきたので歴史の復習がてらに紹介する

心霊スポットの噂がある墓地と無い墓地の違いは何だろうか。ある程度の規模を持つ霊園であれば未練を残して亡くなった方が一定数いると思うが、霊の定義は曖昧であるし、人によっては見えると云ったり、はたまた見えないと云ったり、何を信じたらよいか知らん。
東京都

青山霊園は史跡扱いで良いと思う!現在日本の礎を築いた偉人達の墓を巡る散策記

私にとって墓地系心霊スポットは特筆すべき事が少ない。本当に霊が存在するのであれば、墓地以上に霊が出る場所はないだろう。心霊を主軸として紹介するのであれば、如何様にも話を盛り上げられると思うが、そうでない私はいまいち筆が進まない。と言ったものの、青山霊園は少々事情が異なる。
東京都

都心の心霊スポット・千駄ヶ谷トンネルへ!曰くの由来はツタで隠れた上部にあった?!

千駄ヶ谷二丁目、仙寿院交差点と神宮前交差点の間に位置する千駄ヶ谷トンネルには心霊の噂が流れているらしい。"化けトン"と言えば、ひと気の無い薄気味悪い所を想像するが、千駄ヶ谷のトンネルは味気のないボックスカルバートである。このような現代的なトンネルに如何なる曰くがあるのだろうか?
東京都

ゆぎ霊園へ!墓地系の心霊スポットは一部の例外を除いては残念な記事になるというお話

ゆぎ霊苑は曹洞宗の西光寺が有する寺院墓地である。心霊スポットの噂があると聞きつけ向かったのだが、何処にでもありそうな普通の墓地で、墓という以外に心霊の根拠は見つからなかった。何か具体的な情報をお持ちの方がいらっしゃれば、是非ご教授いただきたい。
熊本県

虐殺の地・臼内切を眺める!その真実に迫る肥後細川藩幕末秘聞を読んで

臼内切は臼根切とも記される。キリシタン弾圧を『デウス(神)の根を切る。』と例えたことが語源だ。肥後細川藩幕末秘聞によると臼内切は室町時代からある地名なので臼根切は後世の造語だと言い切っている。虐殺は嘉永6年(1853)に行われたと伝わる。しかし虐殺は口伝だけで公式の史料は残っていない。
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