高知県

長宗我部氏代々の居城・岡豊城へ【高知】

岡豊城は高知県南国市にある標高97.5mの岡豊山に築かれた連郭式の山城です。これで『おこう』と読みます。この岡豐と申すは、往古の名にあらず。此城を築きて、長岡の府なれば國府といへり。然るに府の字を豐饒の豐に書代へたるは、此山の西の尾に、豐岡...
高知県

高知の由来と高知城の歴史について【高知】

1873年(明治6)の廃城令によって本丸周辺の建造物と追手門を除いて取り壊されました。この翌年、高知城は高知公園として一般に開放されています。1934年(昭和9)に国宝の指定を受け(旧国宝)、1950年(昭和25)に文化財保護法が施行されると天守等15棟が重要文化財に指定されます。そして現在に至ります。
高知県

浦戸城へ!浦戸一揆と一領具足について【高知】

浦戸城は桂浜の裏にある小高い丘に存在した古城です。主郭部分には坂本龍馬記念館、国民宿舎・桂浜荘が建っています。記念館の駐車場脇に浦戸城の石碑があり、遺構は石垣、堀切、井戸跡などが残っています。天守台に登ると八幡様と大山祇神が祭られる小さな祠がありました。それでは、浦戸城の歴史を見ていきましょう。
石川県

金沢城の歴史を三州志を読みながら紹介【石川】

金沢城は戦国時代に佐久間盛政が築いた平山城です。城跡は金沢城公園として整備され、名勝・兼六園と共に金沢市に来たら外すことの出来ない人気観光スポットになっています。その歴史的な価値が認められ城跡が国の史跡に、『石川門』『三十間長屋』『鶴丸倉庫』の三棟が国の重要文化財に指定されています。
愛媛県

板島丸串城から始まる宇和島城の歴史について【愛媛】

宇和島城は標高約80mの小丘に築かれた梯郭式平山城です。旧名を板島丸串城と云います。天守は日本全国に僅か12棟しか残っていない現存天守の一つで、大変貴重な建造物であることから国の重要文化財に指定されています。また、宇和島城自体が国の史跡、城山南側の登城口にある上り立ち門が市指定有形文化財に指定されました。
大分県

吉弘城跡と豊後大友氏に仕えた吉弘氏について【大分】

吉弘城は西ヶ谷の城山頂上に築かれた山城です。1334年(建武1)に吉弘氏初代の正堅によって築城されたと伝わります。遺構は石畳や土塁、竪堀、石垣などが残っているようです。
愛知県

名古屋城とその歴史について【愛知】

名古屋城築城には多くの大名が関わっています。天守石垣を担当した加藤清正を始め、福島正則、黒田長政、池田輝政、細川忠興etc……。これは対豊臣秀頼を想定しての天下普請(幕府が大名に命じた土木工事)でしたが、外様大名の競争心を煽って忠誠心を確かめるため、また彼らの勢力拡大の阻止を狙った政策だったようです。
滋賀県

大一大万大吉!石田三成の居城・佐和山城の歴史【滋賀】

佐和山城といえば石田三成。石田三成は1590年くらいから1600年までここを居城にしていた戦国武将です。豊臣秀吉に目をかけられ出世まっしぐらだった彼ですが、徳川家康と対立し関ヶ原の戦い後に人生の幕を閉じました。今回は三成の過ごした佐和山城がどんな場所か気になって訪れました。
愛媛県

湯築城と伊予国の豪族・河野氏の歴史について【愛媛】

湯築城跡は伊予の豪族・河野氏の居城だった場所です。現在、城跡は道後公園として整備され、地元の方々や道後温泉に来た旅行者たちの憩いの場となっています。城の遺構は土塁や堀などが現存し、武家屋敷などが再現されています。それでは、その歴史を振り返っていきましょう。
愛媛県

島がまるまる城跡?!村上水軍が治めた来島城跡へ【愛媛】

来島城は瀬戸内海で名を馳せた村上海賊の一族が治めた城です。城主の来島村上氏については↓の記事で触れていますので下記のリンクを参考にしてください。今回はちょっと筆を休めて写真メインの記事でお送り致します。それでは参りましょう!来島城へのアクセ...
愛媛県

村上海賊の城、能島城跡を展望台から眺める【愛媛】

今治市宮窪町の沖に浮かぶ能島と鯛崎島。村上水軍の頭領・能島村上氏が能島城を築城し居城としました。能島村上氏が史料上に登場した時期と発掘された遺物の時期が一致したことから14世紀後半頃には居城があったと推測されています。
大分県

お猿の山!高崎山のてっぺんには何がある?【大分】

古くは日本書紀に高崎山には狼煙台があったと記されています。南北朝時代に豊後大友氏8代当主の大友氏時が高崎山に城を築いたと伝わります。氏時の兄・氏泰の代に足利尊氏が新田義貞ら官軍に追い詰められ九州に落ち延びてきました。その際、大友氏は尊氏を庇護したことから氏時は猶子となり『氏』の字を与えられたといわれています。
東京都

檜原城跡と吉祥寺の十三仏巡りについて【東京】

東京都には意外にも8つの村が存在します。そのうち7村は伊豆諸島と小笠原諸島に広がる島々にあります。残りの1村は本土にある東京の西端に位置する檜原村です。今回は檜原村にある檜原城跡と吉祥寺十三仏を紹介いたします。
愛媛県

大洲城の3つの別称の由来とその歴史について【愛媛】

愛媛県大洲市、肱川のほとりにそびえる大洲城跡。その歴史は古く、鎌倉時代の末期に伊予国の守護として遣わされた宇都宮氏が大洲を拠点とし城を築いたことから始まります。戦国時代には築城名人の藤堂高虎や賤ヶ岳の七本槍の一人として知られる脇坂安治などが入城し城郭の拡張、改築に取り組みました。
群馬県

武田勝頼による膳城素肌攻めとはどんな戦い?【群馬】

時は1580年(天正8)。厩橋城(前橋城)を接収した武田勝頼は伊勢崎、大胡、山上の諸城を攻め落とし、境界の巡察を命じました。武田勢は戦うつもりがなかったので、平服のまま小さな旗だけ掲げて膳城の近くに差し掛かりました。
愛媛県

伊予松山城の歴史と幾つかの伝説について【愛媛】

愛媛県松山市にある松山城は日本全国に12城しか存在しない現存天守の一つで、天守以外にも多くの建造物が重要文化財に指定される歴史的価値の高い城として人気を集めています。それに併せて当県の代表的な観光地である道後温泉が程近くにあるため、日々多くの観光客で賑やかです。