茨城県

昔から心霊の噂が……?ひたちなか市の多良崎城跡を歩く

1978年(昭和53)3月発行の勝田市史に多良崎城の曰くが記されている。心霊サイトでは『多良崎城は茨城県のなかでもかなり恐怖度の高い心霊スポット』といったニュアンスで紹介されることが多いようだ。
茨城県

笠間城は、なぜ心霊スポットと云われているのだろうか?

笠間城の曰くとして最も興味深いのは大黒岩の伝説だろう。大黒岩の他に井戸にまつわる曰くもあるようだ。『城内の井戸に女性の遺体が投げ込まれた』とか『ホラー映画【リング】に登場する貞子の井戸のモデルなった場所』だとかまことしやかな噂が囁かれている。
茨城県

茨城県の小幡城にまつわる心霊スポットの噂

小幡城が落城の際にお姫様が家宝の金の鳥を抱え井戸に身を投じたという話が伝わっている。茨城町教育委員会が現地に設置した説明板にこの話が書かれていることから察するに、史実かどうかは別として姫の悲話は古くから当地に言い伝えられてきたのだろう。
茨城県

小田氏の乱の悲劇!難台山城の攻防戦に纏わる首洗いの滝について

小田五郎は常陸国の真壁顕幹から兵糧などの支援を受け約8ヶ月間耐え忍んだが、兵站を断絶されてしまったため城から討って出て戦死した云われている。首洗いの滝は討ち死にした城兵の血が流れた場所なのかもしれない。
神奈川県

小田原征伐の伝説!秀吉の一夜城・石垣山にまつわる心霊の噂

石垣山城には心霊スポットの噂があるらしい。直接的な戦いは無いはずなので不思議に思ったが、様々なサイトを確認すると『あまりに早急な普請に多くの人夫が事故や過労で亡くなって云々』と紹介されていた。
栃木県

関東七名城の一つ唐沢山城へ!心霊の根拠は古戦場だからだろうか?

関東七名城の一つ、唐沢山城へ。唐沢山城の築城時期ははっきりしていない。『しんれい新聞』は心霊スポットを扱うサイトであるから、それについても触れなければならない。
栃木県

茂木城へ!大河ドラマの『鎌倉殿の13人』に関係する武将が築城したお城です

八田知基は桔梗山に城を築き、その地名から茂木を名乗った。桔梗山に築城したことから桔梗城とも呼ばれた。吾妻鏡によると知基は馬の扱いに長けていたようで流鏑馬の騎手に選ばれている。1221年に起きた承久の乱で活躍し紀伊国賀太庄を与えられた。
栃木県

足利長尾氏が築いた岩井山城(勧農城)と心霊の噂の関連性について

恐らくは岩井山城そのものに噂の根拠はない。1947年(昭和22)9月に発生したカスリーン台風により渡良瀬川流域では709名、足利市では319名の命が失われた。特に被害が酷かったのが、岩井山城の北にある十念寺堤の決壊による洪水であった。
千葉県

佐倉城内の姥ヶ池に纏わる心霊スポットの噂

陸軍駐屯地時代、兵士の間で幽霊出没の噂が語り継がれて来たと云う。ある兵士と恋に落ちた遊女が兵営に訪ねてきたが、門衛に射殺された話。上官にこっぴどく叱られ古井戸に投身した兵卒の話。記事にはどのような霊が出たとは書かれていなかったけれど『着物の女性の霊が門の近くに…。』とか『井戸から夜な夜な泣き声が…。』的な噂が流れていたのだろうか?
千葉県

佐倉城の呪われた13階段の真相?!

歴史を知ってしまったからだろうが、心霊スポットというよりはB級スポット的な位置にあると感じた。いずれにしても面白い史跡なので、佐倉城のモニュメントとして末永く残って欲しい。佐倉城跡は城郭遺構の素晴らしさもさる事ながら明治以降の軍事施設の史跡としての価値も非常に高い。
千葉県

里見公園の衝撃的な過去を調査!古戦場でもあり怪奇伝説も残る、更には殺人事件の現場でもあった…。

私は読んでいないのだが、水上勉の推理小説『巣の絵』で里見公園が殺人事件の舞台となっているようだ。調査する前は『この小説が心霊スポットの噂の原因になったのだろう』と考えていたけれども、まさか本当に殺人事件が起きた現場だったとは思いも寄らなかった。それに加え戦国期の古戦場跡と来たものだから根拠は十分過ぎる程である。
群馬県

お姫様が飛び降りた?!高津戸渓谷の要害神社と中世のお城の歴史について

群馬県みどり市にある要害神社。心霊スポットで有名な''はねたき橋''の目と鼻の先にある要害山に安置されている神社である。ここに曰くがあると知らなかったのだが、某心霊スポット配信者さんの情報で噂があると聞いて記事にすることにした。
群馬県

永泉寺の幽霊石に参拝!名前は怖いけど、由来を知れば怖くない!

高崎市倉賀野町の永泉寺に幽霊石と呼ばれる曰く付きの石像がある。大昔から寺の境内に保存されているような石像だ。それなりの理由や根拠があるのだろう。それでは『永泉寺の幽霊石』をご覧あれ!のっぺらぼう風のお地蔵様。頭と身体を編み物で着飾っている。手向けられた花は枯れかかっているが、まだ新しい。
岡山県

謎の古代山城・鬼ノ城へ!築城の経緯と温羅伝説について

鬼ノ城は岡山県の鬼城山に築かれた山城である。発掘調査で存在の証明はされているものの、史料上に名前がない謎の城として知られている。遥か昔に築城された鬼ノ城だが、遺構が発見されてから年月は経っていない。1971年、高橋護氏が遺構を発見し神籠石系山城と発表され、1978年の調査で古代山城と確認された。
宮崎県

伊東四十八城の一つ、宮崎城と悲劇の忠臣・権藤種盛について

宮崎城は少なくとも1336年には在り、江戸時代の一国一城令によって取り壊されるまでの凡そ600年間存在した。日向国は1391年以降、島津氏が守護となり、その下で複数の豪族が各地を治めていた。戦国時代になると伊東氏が頭角を現し、次々と領地拡げ一時は日向国の主要地を支配している。
長崎県

日本最大級の内乱、島原・天草の乱と激戦の地、原城の歴史を振り返る

原城は1637年に勃発した島原・天草の乱で一揆勢が籠城し、幕府軍と死闘を繰り広げた場所である。一揆勢は敗戦後に老若男女問わず惨殺され、この地に無造作に埋められた。発掘調査でキリシタン関連の遺物や陶磁器、武器、そして人骨などが確認されている。原城の歴史、島原・天草の乱について簡単に紹介しようと思う。
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