福井県

丸岡城は神秘的な御城?人柱・お静と霞の大蛇伝説について

丸岡城は1576年に柴田勝豊が築いた平山城である。霞ヶ城とも。天守は現存12天守の一つで、重要文化財に指定されている。近年まで『日本最古の現存天守』を謳っていたが、昨今の研究で江戸時代前期に築かれたと判明した。今回紹介するのは、城に残る2つの伝説についてだ。興味深い話なので是非読んで頂きたいと思う。
岐阜県

岐阜城を頂におく金華山に纏わる怖い噂について調べてみた

織田信長による稲葉山城攻めのワンシーンである。この戦いで稲葉山城を攻略した信長は、小牧山城から当城に本拠を移し、城及び地名を岐阜と改めた。稲葉山は現在、金華山と呼ばれ岐阜市のシンボル的な存在となっている。由緒ある岐阜城が建つ金華山に何故だろうか?不吉な噂が囁かれていると云う。一体何があったのか?
埼玉県

『のぼうの城』の舞台として知られる忍城へ!ここって本当に幽霊出るの?

忍城は和田竜の歴史小説『のぼうの城』の舞台になったことで一躍有名になった城である。この小説は2012年(平成24)に映画化されており人気を博した。第36回日本アカデミー賞で多くの優秀賞を受賞している。忍城を心霊スポットとして紹介するサイトがあった。何か根拠はあるのか?
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東京都

世田谷城に幽霊が出る?常盤姫の悲話が関係しているのだろうか…。

東京都世田谷区豪徳寺にある世田谷城跡。ここには幽霊が出るという噂があるらしい。何故、心霊スポットなのか?恐らくは戦国時代に活躍した吉良頼康に纏わる伝説が関係しているのではないかと思う。常盤姫伝説は後世の創作だとされているが、この背景には吉良氏のお家騒動が関係しているのではないかともいわれている。
群馬県

上州の黄斑こと長野業正が死守した箕輪城へ!武田信玄との壮絶な戦いの末に…。

長野氏は平城天皇の第一皇子・阿保親王の五男・在原業平の後裔と伝わるが、伝説の域を出ない。箕輪城の築城者は長野尚業、或いは憲業(信業)とも云われている。戦国時代には西上野を狙う武田信玄と箕輪城主、長野業正が激しい戦いを繰り返した。今回は『箕輪城の歴史』と『上州の黄斑こと長野業正』を簡単に紹介する。
群馬県

新田金山城に幽霊が出る?!歴史を振り返り、その根拠を探ってみた!

関東七名城の一つ、新田金山城。最高丘、本丸跡地に新田義貞公を祀る新田神社が鎮座する。神格化された義貞公が私たちを見守る神聖な場所であるというのに、どういう訳か心霊スポットと紹介されることがある。何か理由はあるのだろうか?新田金山城の歴史を振り返っていこう。
島根県

津和野城に怖い噂?!一体何があったのか?その歴史を振り返る

 島根県にある津和野城。『元寇の来襲に備えろ!』という鎌倉幕府の命を受けた吉見頼行が築城した山城である。ここはどうやら心霊スポットとして知られているようだ。城の歴史を軽くさらってみたが、残念ながらその根拠は判明しなかった。では、津和野城の歴史を振り返っていこう。
兵庫県

三木の干殺しとは?三木城が曰く付きの場所と噂される理由について

兵庫県三木市の三木城跡に訪れた。戦国時代、羽柴秀吉は三木城を兵糧攻めにて攻略した。余りに凄惨な戦いだったため三木の干殺しと名付けられ、現在まで語り継がれている。故に曰く付きの場所、所謂心霊スポットとして紹介されることもある。では、三木城の歴史を詳しく見て行こう。
香川県

丸亀城の曰く付きの場所・二の丸井戸と豆腐屋の人柱伝説について紹介する!

丸亀城はうどんで有名な香川県丸亀市にある標高66mの亀山に築かれた平山城である。亀山城、蓬莱城とも呼ばれるそうだ。 現存天守12城の一つに数えられ、天守・大手一の門・大手二の門が国の重要文化財に指定されている。丸亀城の風景と共に歴史、そして城に纏わる怖い話を紹介しよう。
島根県

『美しき踊り子眠る、松江城』人柱は本当にあったのか?その歴史を振り返る

現存12天守をご存知だろうか?天守は日本の城の象徴的建築物である。江戸時代、若しくはそれ以前に造られ、現在まで残り続けている12城の天守を現存12天守と呼ぶ。内7城は重要文化財に、残りの5城は国宝に指定されている。さて、今回のお題は松江城。この城には『踊り子の人柱伝説』があるという。
佐賀県

豊前坊に大天狗の石祠?蟻尾山にある心霊の噂について考える

佐賀県鹿島市にある蟻尾山。中腹には野球場や陸上競技場などを伴う大規模な公園が設置され、休日になると大変賑やかになる。 この山は鹿島平野から佐賀平野を一望出来る戦略的重要拠点だったため城が築かれた。歴史も興味深いが、今回ここを取り上げた一番の理由は、蟻尾山に心霊スポットの噂があると聞き入れたからだ。
佐賀県

源為朝の伝説が残る心霊スポット・五万ヶ池について

佐賀県三養基郡上峰町、鎮西山の中腹にある五万ヶ池。何の変哲もない小さな池に見えるが、どういう訳か曰く付きの場所として知られている。一体、ここで何があったのか?県道46号線を北上し長崎自動車道の高架下を潜った先にある『鎮西山入口』の看板を右折。突き当りまで進むと写真の石碑がある駐車場に到着する。
佐賀県

『呪詛伝説・鬼子嶽末孫』と岸岳城、及び松浦党・波多氏の歴史について紹介する!

岸岳城は岸岳に築かれた山城です。石垣の跡や堀切、旗竿石などの遺構が残っています。岸岳は鬼子岳とも書き、大昔この山に鬼が住み着いていたという伝説から来ています。登山道は整備されており、案内板も充実しているので迷うことなく登城出来ますが、斜面や足場の悪い箇所があるので最低限の装備は整えて臨むべきです。
岐阜県

悲劇の城・帰雲城とは?あまりに虚しすぎる最後に絶句した…。

世界遺産の白川郷・五箇山の合掌造り集落で有名な岐阜県大野郡白川村に悲運の城があります。『流れる雲は常にこの山頂に至りもと来た空に帰るという』対岸の帰雲山の麓にあったことから帰雲城と名付けられました。天正13年11月29日夜の11時頃、大地震が発生。天正の大地震と呼ばれる災禍により帰雲山が大崩落。
佐賀県

鹿島鍋島氏の居城・常広城へ!心霊スポットと噂されているようだけど、何故?

常広城跡(恒広城)は鹿島川と塩田川に挟まれた平地に築かれた城です。現在、跡地に北鹿島小学校が建っています。常広の名は明治22年迄あった常広村が由来。鹿島鍋島氏の初期居城だったため鹿島古城とも呼ばれています。孫引きになってしまいますが、鍋島直條が残した『鹿島志』に常広城のことが書かれています。
鳥取県

鳥取の飢え殺しとは?鳥取城が心霊スポットと噂される理由について

鳥取城は因幡国の守護・山名氏が久松山に築いた山城です。あなたは鳥取城の飢え殺し(かつえごろし)を知っているだろうか?この城は曰くつきの場所、今で言う心霊スポットとして知られています。飢え殺し…。鳥取城の歴史をご存知ない方でも、何が起きたか想像出来ますね。それでは、その歴史を振り返ってみましょう。
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