石川県

大聖寺城跡(錦城山公園)が心霊スポットと言われる理由【石川】

石川県加賀市にある大聖寺城跡(錦城山公園)。城跡は錦城山公園として整備され、加賀市の文化財の指定を受けている。遺構は曲輪や土塁・空堀。また江戸時代に置かれた大聖寺藩の陣屋も城跡の一部で、藩主の休憩所として建てられた長流亭は国の重要文化財に指定されている。
長野県

国宝・松本城とその前身の深志城の歴史について【長野】

徳川幕府が滅び、明治時代になると新政府によって廃藩置県が行われます。この頃になると城の存在意義がなくなり日本各地で城の取り壊しや払い下げが行われます。松本城も例外ではなく売りに出され一時は破壊される予定でした。『松本城を壊されてたまるものか!』と地元の名士・市川量造が松本や東京、大阪の都会の人々に募金を募ります。
鹿児島県

西南戦争の最期の舞台、城山公園を歩く【鹿児島】

城山には心霊スポットの噂が流れている。武士の霊、少女の霊、子供の霊、トンネルでずぶ濡れの霊などなど、様々な噂があるようだ。あまり認めたくないけれど、城山の戦いでは戦死者が出ているし、彼らは最後の武士であったわけだから武士の霊が出るというのは、なかなか説得力がある。
茨城県

昔から心霊の噂があった?多良崎城跡を歩く【茨城】

1978年(昭和53)3月発行の勝田市史に多良崎城の曰くが記されている。心霊サイトでは『多良崎城は茨城県のなかでもかなり恐怖度の高い心霊スポット』といったニュアンスで紹介されることが多いようだ。
茨城県

笠間城になぜ心霊スポットのうわさが流れているのだろうか?【茨城】

笠間城の曰くとして最も興味深いのは大黒岩の伝説だろう。大黒岩の他に井戸にまつわる曰くもあるようだ。『城内の井戸に女性の遺体が投げ込まれた』とか『ホラー映画【リング】に登場する貞子の井戸のモデルなった場所』だとかまことしやかな噂が囁かれている。
茨城県

茨城県の小幡城にまつわる心霊スポットのうさわ【茨城】

小幡城が落城の際にお姫様が家宝の金の鳥を抱え井戸に身を投じたという話が伝わっている。茨城町教育委員会が現地に設置した説明板にこの話が書かれていることから察するに、史実かどうかは別として姫の悲話は古くから当地に言い伝えられてきたのだろう。
群馬県

新田義貞ゆかりの新田荘遺跡巡り!荘園と武士の誕生について【群馬】

新田義貞は南北朝時代に活躍した群馬県出身の武将です。腐りきった鎌倉幕府を攻め滅ぼすという偉業を成し遂げました。彼は後醍醐天皇のために尽くすのですが、朝廷では『この田舎武将が!』と天皇やその取り巻きに虐げられてしまいます。最後はライバルの足利尊氏に敗北し、尊氏が室町幕府を開くという偉業を果たしたため義貞はかませ犬的なポジションになってしまいました。
群馬県

桐生城跡に行ってきたので、桐生市の歴史を紹介する【群馬】

生まれ故郷だからか、桐生(きりゅう)という名前の響きが大好きです。といってもただ響きが好きなだけで、桐生の歴史や地理的なことは全く知りませんでした。いちのまる『故郷を知らずして他を語るのはいかがなものか?』とちょっと反省。というわけで久しぶ...
群馬県

群馬県民の内紛?!蚊帳の外の桐生市民が『前橋vs高崎』の歴史を振り返る【群馬】

群馬出身の私は常々こう思っていました。高崎市は前橋市と比べて人口が多くて明らかに都会の雰囲気。新幹線も通ってるし。私でさえそうなのだから何も知らない人が高崎市と前橋市を見比べたら群馬の中心は高崎市と思うはず。
群馬県

私の地元・(旧)勢多郡新里村を散策してきた【群馬】

せっかく旅行記ブログを書いているのだから地元も記事にしなければと思い立ち、一日かけて桐生市新里町を散策してきました。私が過ごしていた頃は群馬県勢多郡新里村でしたが、平成の大合併により町に昇格しました。『この村、なんもないな~』と若かりし頃過ごしましたが、注意して探せば色々と見つかるものですね。
群馬県

三国街道の白井宿と白井城跡を歩く【群馬】

白井城は室町時代から江戸時代初期にかけて存在した城。利根川と吾妻川の合流地点にあり利根川方面が白井宿、吾妻川方面が断崖になっています。崖を利用して造られた城を崖端城と呼ぶそうです。城主がコロコロ変わっています。白井長尾氏→上杉氏→武田氏→後北条氏→徳川氏という感じ。
茨城県

小田氏の乱の悲劇。難台山城の攻防戦にまつわる首洗いの滝について【茨城】

小田五郎は常陸国の真壁顕幹から兵糧などの支援を受け約8ヶ月間耐え忍んだが、兵站を断絶されてしまったため城から討って出て戦死した云われている。首洗いの滝は討ち死にした城兵の血が流れた場所なのかもしれない。
神奈川県

秀吉の一夜城・石垣山にまつわる心霊のうわさ【神奈川】

石垣山城には心霊スポットの噂があるらしい。直接的な戦いは無いはずなので不思議に思ったが、様々なサイトを確認すると『あまりに早急な普請に多くの人夫が事故や過労で亡くなって云々』と紹介されていた。
栃木県

佐野氏の居城、関東七名城の一つ唐沢山城へ!【栃木】

関東七名城の一つ、唐沢山城へ。唐沢山城の築城時期ははっきりしていない。『しんれい新聞』は心霊スポットを扱うサイトであるから、それについても触れなければならない。
栃木県

どうして茂木城跡に心霊スポットのうわさが?【栃木】

八田知基は桔梗山に城を築き、その地名から茂木を名乗った。桔梗山に築城したことから桔梗城とも呼ばれた。吾妻鏡によると知基は馬の扱いに長けていたようで流鏑馬の騎手に選ばれている。1221年に起きた承久の乱で活躍し紀伊国賀太庄を与えられた。
栃木県

岩井山城(勧農城)に流れる心霊のうわさ【栃木】

恐らくは岩井山城そのものに噂の根拠はない。1947年(昭和22)9月に発生したカスリーン台風により渡良瀬川流域では709名、足利市では319名の命が失われた。特に被害が酷かったのが、岩井山城の北にある十念寺堤の決壊による洪水であった。