
現地にあった案内板には、神社名に直接『温泉』と記載されている神社は、群馬県内ではこの「藪塚温泉神社」のみであると記されていました。かつては温泉神社ではなく、「湯権現(ゆごんげん)」と呼ばれていたそうです。

全国的に見れば温泉で有名な地域は多く、温泉大国である群馬県内にも他にありそうな気がしてしまいますが、公式の記録として唯一とされている点は非常に興味深いところです。もし他に『温泉』を冠した神社をご存じの方がいらしたら教えてください!
それでは、藪塚温泉に語り継がれる二つの伝説についてご紹介いたします。
温泉神社と薬師様の伝説

かつて、この地の岩の割れ目から温泉が湧き出し、村の人々は豊かなお湯を楽しんでいました。しかしある時、葦毛(あしげ)の馬が飛来してひと声いななくと、不思議なことにお湯が立ちどころに冷たくなってしまったといいます。
お湯を失い悲しむ村人たちでしたが、岩山の中腹にある薬師如来を熱心に信仰していた老人の夢枕に、薬師如来が現れました。
「悲しむではない。この水を温めて入浴すれば万病がたちどころになおり長寿をまっとうできる」
(現地案内板『温泉神社と薬師様』より引用)
このお告げを聞いた奈良時代[710年(和銅3)~794年(延暦13)]の僧侶・行基上人(ぎょうきしょうにん)が、この効能を全国へ流布して回ったと伝えられています。これ以降、村人たちはお堂を建てて薬師如来を深く崇めるようになりました。

行基上人といえば、聖武天皇のもとで東大寺の大仏建立にも尽力した高僧です。
群馬県の草津温泉や伊香保温泉にも開湯伝説が残されていますが、歴史的に見てもこの時代の高僧の名が各地の温泉伝承と結びついているのは、非常に味わい深い歴史のロマンを感じさせます。
新田義貞の隠し湯伝説

新田氏の本拠地であった新田庄(現在の群馬県太田市周辺)から藪塚温泉までは非常に近い距離に位置しています。そのため、南北朝時代[1336年(建武3)~1392年(明徳3)]の動乱期において、戦で傷ついた新田方の兵士たちが秘かに湯治場として利用していた可能性は十分に考えられます。
新田義貞、および新田庄の詳細については以下の記事も合わせてご覧ください。
終わりに

今回は、藪塚温泉神社と、そこに眠る歴史的な伝承についてご紹介しました。
さて、肝心の泉質などの温泉情報についてですが……申し訳ありません。今回は温泉に入ることができませんでした。実家が近くにありますので、また帰省した際にゆっくり堪能してきたいと思います。その際に浸かった感想をお届けします。
皆様も太田市周辺をお訪ねの際は、ぜひ歴史ある藪塚温泉神社へ足を運んでみてください。




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