心霊スポット

千葉県

堂の山にある馬加康胤の首塚と五輪塔について【千葉】

大須賀山(堂の山)は500年もの歴史を持つ怪奇スポットのようだ。当地が開発によって切り崩されず現存する意味が分かるような気がした。どこぞの首塚のようにぞんざいに扱うと祟られるとうわさされてきたのかもしれない。
千葉県

内房線・切られ踏切の由来について【千葉】

千葉県富津市の青堀駅・大貫駅間に何とも珍しい名前の踏切がある。詳細を調べずに赴いたため『そういう俗称のある踏切なのだろう。』くらいに考えていたのだが、到着して本当に驚いた。銘板に『切られ踏切道』。まさかの正式名称だったとは。一体、どのような由来があるのだろうか?
神奈川県

大原隧道と心霊のうわさ【神奈川】

今は蛍光灯で煌々と照らされているが、昔は僅かな光源しかなく薄闇が何とも不気味であったと云う。長さは254mでトンネルとしては短い部類に入るけれども同程度の長さを持つ自動車用のトンネルと比べると随分長く歩いたように感じた。圧迫感がそう思わせるのかもしれない。
神奈川県

相模湖の下流に架かるちょっと不気味な弁天橋へ【神奈川】

心霊スポットだと紹介される理由についてだが、弁天橋に直接的な原因は無さそうである。オカルト系のサイトを拝見すると『相模ダムを建設した際の殉職者が関連しているのではないか?』と云う説が多く見受けられる。これについては以下の記事で詳細を述べているので気になる方はご覧頂ければと思う。
栃木県

廃墟系心霊スポット、野木病院の真実【栃木】

空中写真から1981年(昭和56)と1985年(昭和60)の間に建てられた物件だと分かる。それ以外の事は殆ど分かっていない。ネット上では主に以下の説が語られている。病院説の根拠は数十年前に侵入した方々の『昔はカルテや診察台があった』などという情報から。病院は精神科や産婦人科だったとされている。
栃木県

栃木のマヤカンと評される山本園大谷グランドセンター【栃木】

さて本題。大谷資料館より直線距離にして650m南西方向に写真の廃墟がある。大谷石で造られた平和観音のすぐ近くにある廃墟なので見たことのある方も多いのではないだろうか。名を山本園大谷グランドセンターという。
栃木県

松田川ダムは心霊スポット?過去の事件と空中写真から読み解く地域の変遷【栃木】

栃木県足利市にある松田川ダム。豊かな自然に囲まれたこの場所には「心霊スポット」の噂が囁かれています。1996年(平成8)の完成から現在に至るまでの背景、過去に起きた痛ましい事件、そして空中写真から読み解く地域の変遷など、知られざる現地の姿を真摯に深掘りします。
茨城県

土浦駅と慰霊碑。桜川橋梁列車三重事故について【茨城】

この慰霊碑は、昭和十八年十月二六日、土浦駅構内に於て発生した列車三重衝突事故による犠牲者の霊を慰めるために建立されたものである。この列車事故は国鉄史上にまれにみる大惨事であった。死者九十六名、負傷者百余名と記録されている。
静岡県

大学研修施設の廃墟・伊豆大川セミナーハウス【静岡】

静岡県賀茂郡東伊豆町にある廃墟・伊豆大川セミナーハウス。日本大学八十年記念館所蔵資料目録に『昭和四一年(一九六六)一一月九日 伊豆大川セミナー・ハウス竣工(静岡県東伊豆町)』の表記あり。建物の遠望写真も貼付されている。
福島県

横向温泉の歴史と心霊スポットについて【福島】

横向温泉ロッジには心霊スポットの噂が流れている。オカルトサイトや廃墟サイトでは、・経営に行き詰ったオーナーが自殺した・火事で大勢の宿泊客が死亡した・子供の幽霊が出る・稲川淳二氏がラジオ、もしくはテレビで紹介した
東京都

自殺の名所として有名になってしまった新小岩駅【東京】

自殺の名所のレッテルを貼られてしまった新小岩駅であるが、2019年以降は自殺件数が減少している。というか殆ど発生していない。一体何が起こったのだろうか?2018年12月8日より成田エクスプレスなどの特急が通過する総武快速線3、4番線にホームドアが設置されたのが大きな要因になっている。
神奈川県

くらやみ坂を歩く。横浜の監獄&処刑場、戸部刑場跡へ【神奈川】

『くらやみ坂』は暗闇坂、或いは鞍止坂とも表記される。前者は『この付近が木々に覆われていて暗かったから。』『刑場があって不気味な雰囲気だったから。』という意味が込められている。後者は『急坂だったので人や馬が止まりながら苦労して登った。』または『馬を停める程にここからの景色が抜群だったから。』といった感じらしい。
東京都

碑文谷踏切事故に関する鉄路犠牲者供養塔跡と責任地蔵尊【東京】

1918年(大正7)5月19日午前1時05分、銀行員の新井慶藏(34)が乗っていた人力車が南品川の踏切で貨物列車に激突され命を落とした。運転手は咄嗟に離れたので事なきを得ている。当時の踏切の係は須山由五郎(43)と竹内芳松(45)の二人であった。
神奈川県

打越橋の歴史と橋脚にある地蔵尊の由来について【神奈川】

牛島坂より眺める朱色の映えるアーチ陸橋。打越橋は関東大震災の復興事業の一環で架けられた。竣工年は1928年(昭和3)8月9日。橋脚の脇に可愛らしい地蔵尊が祀られている。オカルト界隈では『自殺者の霊を慰めるために安置された地蔵云々…。』と。
東京都

分倍河原の戦いと三千人塚【東京】

厳重に柵に囲まれた小さな塚に立派なエノキの木が生え、その根元には青みがかった板碑が安置されている。この塚は新田義貞による鎌倉攻めの一環で発生した分倍河原の戦いの戦没者を弔うために建てられたという伝承から三千人塚と名付けられた。
山形県

山元隧道に流れる心霊スポットの噂【山形】

山元隧道には心霊スポットの噂が流れている。黒木あるじ氏の山形怪談(竹書房出版)に山元隧道の曰くが語られている。トンネルの近くにある火葬場を関連付ける内容であった。地元紙を参照に書かれた記事のようだから、今度図書館に行って山形新聞を漁ってみようかと思っている。