佐賀県

江藤新平と佐賀の乱について【佐賀】

江藤新平は幕末から明治初期に活躍した佐賀県出身の政治家で、『佐賀の七賢人』、明治政府に貢献した『維新の十傑』の一人に選ばれています。征韓論を巡る政争の結果起きたとされる明治六年政変で下野したのち、佐賀県に帰省し佐賀の乱のリーダーの一人として新政府軍と戦いますが、新政府軍に敗北し捕縛され獄門に処されてしまいます。
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佐賀の黒髪山へ!心霊じゃなくて神霊スポットだね、ここは。

黒髪山へ。心霊スポットだと囁かれていると聞き訪問したわけだが。霊も神も殆ど信じていない私が言うのも可笑しな話ではあるが心霊スポットというよりも神霊スポットといった方がしっくりくる。帰宅して黒髪山について調べると山岳そのものが信仰の対象となっている神体山であることがわかった。
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鹿島鍋島氏の居城・常広城へ!心霊スポットと噂されているようだけど、何故?

どうやらここ、心霊スポットとして知られているらしい。心霊サイトを見ると『処刑場があった』とか『洪水で死者が出た』などといったことが書かれている。処刑場云々証明の仕様がないので、何とも言えないが、城の直近に仕置き場を設置するだろうか?
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肥前鍋島氏の万部塔と龍造寺家兼ゆかりの六地蔵【佐賀】

佐賀市水ヶ江一丁目に万部塔と六地蔵という史跡があり、その場所は万部島と呼ばれています。万部とは万部経のことで『追善や祈願などのために、万部の経典を読むこと』の意味があります。名前の通り万部島は川(堀)に囲まれた島だったようです。万部読経が行われた島ということですね。
佐賀県

焼米溜池とは?ここが心霊スポットと言われる根拠を探ってみた!

武雄市北方町にある焼米溜池。心霊スポットとして知られているらしいが、不気味な雰囲気は一切なく長閑な風景が広がっていた。まずは焼米の由来から見ていこう。平凡社の日本歴史知名大系代四十二巻 佐賀県の地名に次のように記されている。今は跡形もないだろうが、焼米溜池を築造するにあたって集落が沈められている。
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轟の滝は心霊スポット?いや、ここは縁結び&パワースポットだと私は思う

滝の上部には不動明王が鎮座していた。(なんかカメラ目線だね。)私は神も仏も霊も殆ど信じていないが、仮にそれらがいるとして、この場所に悪霊がいられるとは到底思えない。お不動様はとても力強い明王なのだから。ここは縁結びスポットでもあり、パワースポットでもある。
佐賀県

佐賀城の風景を眺めて。幕末の名君・鍋島直正公について【佐賀】

当主の龍造寺隆信が沖田畷の戦いで戦死すると、重臣の鍋島直茂が中心となって龍造寺家を支えます。次第に龍造寺氏の力が衰え始めると鍋島氏が実権を握るようになりました。江戸時代に入ると龍造寺氏が居城にしていた村中城を鍋島直茂・勝茂父子が改修、拡大します。これが佐賀城の始まりです。
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馬神トンネルの心霊の噂は佐賀女性7人連続殺人事件が関係している?

馬神トンネルは多久市と武雄市を跨ぐ馬神峠に造られたトンネルです。心霊スポットとして知られているようですが、何があったのでしょうか?旧馬神トンネルは遺棄現場ではありません。7名の内3名が発見された北方事件の遺棄現場を指しているのでしょうが、トンネルから2.5km以上離れた別の峠です。
熊本県

人吉駅のすぐ裏にある大村横穴群【熊本】

史跡名勝天然記念物に指定されている大村横穴群。人吉駅のすぐ裏の崖面にあります。古墳時代後期(6世紀~7世紀)に掘られた墳墓だとされています。全部で27基が確認され横穴の外面には様々な裝飾模様が施されています。装飾の意味は様々な考察がなされて...
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金峰山は心霊スポットじゃない!歴史を知れば神に守られた山だとわかります!

金峰山には幽霊が出るという噂がある。何か根拠があるのかと平成年間の熊本日日新聞を漁ってみるものの、女性の遺体が発見された記事が1件あっただけであった。事件性は無いとの事。また心霊スポットとは全く関係ないのだけども、高校生とその仲間が金峰山山中で大麻草を栽培して逮捕されたという興味深い記事もあった。
熊本県

本当に心霊スポットなの?新堀橋の袂にある救命地蔵の詳細が知りたい!

幾つかのオカルトサイトを拝見すると新堀橋を心霊スポットとして扱っている。どのサイトも『身投げが多発した』と紹介していて、その霊を供養するために地蔵尊が安置されたとしている。確かに欄干の外に転落防止用の高いフェンスが設置されているので、事故や事件を想像してしまう気持ちは理解出来る。
熊本県

加久藤峠の人吉ループ橋はなんで心霊スポットって言われているの?

幾つかの心霊スポットサイトを覗いてみると『交通事故が多い』とか『自ら命を落とす方がいる』といったようなことが紹介されている。実際そうなのか気になったので調査してみた。交通事故以外に心霊スポットの由縁となる事柄がないか調べていると西南戦争に関する情報が出てきた。
熊本県

石塘橋と人柱伝説!ここは心霊スポットじゃないと思うけど…。

石塘は『いしども』と読む。塘は『堤』と同義なので石で造られた堤防を指す。豊臣秀吉から肥後国(熊本)の北半分を拝領された加藤清正は領地の視察を行い、菊池川の流れを変えることで広大な農地を獲得出来ると判断し大工事に取り掛かった。
心霊スポット【まとめ】

私が実際に訪れた熊本県の心霊スポット23ヶ所を紹介する

私が実際に訪れた熊本県の心霊スポットをまとめ形式で紹介します。各項目に記事のリンクを張りますので、詳しく知りたい方はリンクから飛んでご覧ください。それでは参りましょう!
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幽霊の絵で有名な幽霊寺こと永国寺に参拝してきたから紹介するよ!

本堂入ってすぐ左にある幽霊の絵掛軸(レプリカ)。本物は毎年8月に開催される永国寺ゆうれい祭りで見れるそうだ。時期になるとネットなどに広告等が出されるはずなので見たい方は要チェック!パンフレットに幽霊の絵の由来が書かれていたので引用する。
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娑婆神峠へ!幽霊の噂は響ヶ原の戦いと西南戦争が関係している?

娑婆神峠が心霊スポットと言われる根拠は古戦場だからではないだろうか?古戦場はどうしても性質上心霊スポットのネタにされることが多い。戦争は歴史を学ぶ上で外す事の出来ない事柄である。ただ怖がるだけでなく、その背後に何があるのかを考えてみると意外な発見があるかもしれない。