群馬県

心霊スポットの松井田城跡と城主・大道寺政繁の悲惨な末路について

心霊スポットとして有名な場所の歴史を振り返ると残酷な事件や無慈悲な自然災害が起こった可能性が非常に高いです。結構な確率で心霊スポットでは人が亡くなっています。松井田城跡もかつて激しい争いが繰り広げられ多くの人々が死んでいきました。では現在の松井田城跡の様子、その詳細について見ていくことにしましょう。
群馬県

旧松井田トンネルが心霊スポットと呼ばれる理由についての考察

群馬県道33号線の旧道にある旧松井田トンネルは心霊スポットとして有名。女性の霊が出る、心霊写真が撮れるなど噂されています。殺人事件や自然災害などが起こって霊が屯しているとの情報が多くありますが真相は如何に?実際に訪問してきましたので写真紹介、心霊スポットとして扱われる原因を探ってみようと思います。
大分県

沈堕の滝と沈堕発電所の跡へ!滝の傍らにあった岡藩滝落しの刑場跡について

豊後大野市にある沈堕の滝。中二病を思わせるこの滝は『豊後のナイアガラ』や『大野のナイアガラ』と呼ばれ原尻の滝(ここは東洋のナイアガラと呼ばれている)と同様に豊後大野市の観光スポットとしてとても人気があります。また近くには処刑場があったため心霊スポットとしても知られています。
大分県

鏡処刑場跡と岡藩のキリシタン弾圧について!九州の他の地域よりは刑死者が少ないらしいけど…。

他の藩で凄まじい弾圧を受けてきたキリシタンが何故、岡藩では少数だったのか?それは初代藩主の中川秀成の父・清秀がキリスト教と深い繋がりのある人物だったから。清秀の従兄弟はキリシタン大名で有名な高山右近、そして妹が古田織部の正室。古田織部に関しては『キリシタンだった?!』という説があります。
大分県

夜景絶景!心霊写真が撮れるらしい十文字高原の昼と夜を見比べてみた

十文字高原は別府八湯の明礬温泉を少し登ったところにある高台です。景色は美しく国東半島、別府市や大分市はもちろん靄が晴れていれば四国までも見える展望スポットになっています。特に夜景が素晴らしいと知られ遅い時間にも関わらず訪れる人がいるほどです。そんな十文字高原ですが心霊スポットしても有名らしいのです。
大分県

日出藩成敗場跡地と殉教公園へ!キリシタン弾圧の被害者、半左衛門とぢゃこもの悲劇について

閑静な住宅街にある日出殉教公園。殉教なんて言葉を公園に付けるくらいですから間違いなく不幸な何かあったのでしょう。さて、早速どんな場所で何があったのかを見ていきましょう。木下延俊が治める日出藩。家老職であった加賀山半左衛門はキリスト教徒でした。息子にぢゃこもと名付けるくらいの熱心ぶり。
大分県

豊薩合戦と西南戦争の古戦場へ訪問!三国トンネルが心霊スポットといわれれる理由は?

大分県の三国トンネルは心霊スポットとして有名です。心霊スポットは自然災害、殺人や自殺、戦争などが起きた悲しい過去を持っている場合が多いです。三国トンネルは血生臭い歴史があったため心霊スポットとして扱われるようになったようです。それでは何故ここが心霊スポットになったのかを見ていきましょう。
大分県

心霊スポットの六ヶ迫トンネルが気になったので行ってきた!

白鷺が傷を癒した伝説が残る秘湯・六ヶ迫温泉の程近くの旧道にある六ヶ迫隧道。誰も通らなくなった旧道にあるトンネルはよく心霊スポットとして扱われ恐怖の対象になることが多いです。ここもそうで女性や子供の霊がでると噂されています。さて、そんな話を聞いたら気になって仕方がない。ということで訪問してきました。
福岡県

大友宗麟の忠臣・高橋紹運はどうして岩屋城の戦いで玉砕を選択したのか?

高橋紹運は豊後大友氏の三老の一人である吉弘鑑理の三男坊です。高橋鑑種の後釜として宝満山城と岩屋城を引き継ぎ立花道雪と共に筑前国の支配を任されることになります。高橋紹運と立花道雪といえば高橋統虎と立花誾千代の二人を思い浮かべる方が多いでしょう。統虎は紹運の長男で後の立花宗茂、誾千代は道雪の一人娘です。
大分県

赤壁・合元寺について!黒田官兵衛・長政父子が起こした事件によって心霊スポットの噂が流布されているらしいが…。

戦国時代に黒田官兵衛が治めた中津城下東には寺町という寺院密集地帯があります。訪問した合元寺もそのうちの一つの寺院なのですが、どの寺院よりもひときわ目立っています。もし何も知らずに合元寺の前を通ったなら『なんか怖いんだけど…。』と思う方も少なからずいるでしょう。実際心霊スポットとしても有名みたいです。
大分県

心霊スポット!?別大国道の手招き地蔵。一体ここで何があったのか?

大分市と別府市を繋ぐ別大国道(国道10号線)の旧道に『手招き地蔵』という心霊スポットがあるということで訪問してきました。それなりに有名な心霊スポットの裏には自然災害や事故または殺人など暗い過去を持っていることがよくあります。さて、この手招き地蔵は如何に?!
熊本県

死屍累々の心霊スポット・田原坂公園?!西南戦争で起きた苛烈な争い、田原坂の戦いについて

田原坂公園はその凄惨な歴史からよく心霊スポットとして紹介されています。なんせ死傷者が両軍合わせて5000人以上ですからね。きっとこの辺りは死屍累々だったのでしょう。私は霊的なものを全く信じていないので何とも思いませんでしたが、歴史を知ったら怖いと感じる方もいるかもしれませんね。
東京都

悲劇の心霊スポット?!八王子城と御主殿の滝について

東京都の心霊スポットの中で群を抜いて恐悪度が高いとされる八王子城跡。一体ここで過去になにがあったのか?まずは八王子城の歴史から簡単に述べ、さらに城跡の中で特に何処が心霊スポットとして有名なのかを紹介したいと思います。
東京都

数多の血吸う心霊スポット・小塚原刑場跡と首切り地蔵について

日光街道の小塚原刑場。東海道の鈴ヶ森刑場、甲州街道の大和田刑場。これら三箇所は江戸三大処刑場と呼ばれ怖れられていました。鈴ヶ森刑場跡については【斬って磔、燃やされる鈴ヶ森刑場 編】で紹介しています。そして今回は荒川区南千住駅近くにある小塚原刑場跡へ。
東京都

吉田松陰最期の地、伝馬町牢屋敷跡へ

伝馬町牢屋敷は江戸時代前半から明治8年まで存在した牢獄です。 約2.4mの塀で囲まれ、身分の高い武士や僧侶に揚座敷、武士と僧侶や女性は揚屋(女性は女牢とも呼ばれる)、平民に大牢、百姓には百姓牢といった具合に身分によって牢舎がわけられていました。 行われた処刑は切腹と斬首でした。
東京都

平将門の首塚は、なぜ最恐心霊スポットと呼ばれるのか?

平将門の首塚は恐らく日本で一番といっても過言ではない有名な心霊スポット。日本三大怨霊のひとつとしても有名で呪われると噂されている曰くつきの場所なのです。ここに建物を建てようとすると祟りが起きて関係者が不幸に見舞われるなんて話がありますね。危険と名高い心霊スポットの記事です。閲覧して呪われてもしりません。