群馬県

昔から有名な心霊スポット?はねたき橋は自殺の名所だった……?【群馬】

高津戸峡に架かるはねたき橋は高所にあり眺めがとても良いことから新緑、紅葉の季節になると観光客でそれなりに賑わいます。しかし、子供の頃から『あそこは心霊スポットだよ。自殺の名所だからお化けが出るって…。』と刷り込まれてきた私はこの風景を純粋に楽しむことが出来ません。どんな場所なのか見てみましょうか…。
群馬県

みどり市の小平鍾乳洞を探検【群馬】

みどり市大間々町小平にある小平鍾乳洞に行ってきました。東京に小平(こだいら)と呼ぶ地名がありますが、こちらの小平は『おだいら』と読みます。まずはアクセスや入場料から!小平鍾乳洞へのアクセスと入場料大間々から国道122号線に入り足尾方面へ進み...
群馬県

武尊神社はなぜ心霊スポットとして有名になってしまったのか【群馬】

草木湖裏の山奥にひっそりと佇む武尊神社。ここは心霊スポットとしてかなり有名でオカルトマニアで知らない人はいないであろう場所です。立入禁止の看板とバリケードが張られているため外からしか眺めることができません。無理やり中に入ることも可能でしょうが、恐らく管理地なので最悪捕まります。
群馬県

150体の頭蓋骨……。八幡平の首塚の歴史について【群馬】

戦国時代の群馬県は武田、上杉、後北条といった強烈な隣国に囲まれていたため戦場になりやすい立地にありました。八幡平の首塚も武田氏や西上野に関する歴史的に重要な史跡です。この辺りが戦場となり多数の死者を出したという証拠が見つかっていることから、心霊スポットとして有名になってしまいました。
群馬県

松井田城と城主・大道寺政繁の悲惨な末路【群馬】

心霊スポットとして有名な場所の歴史を振り返ると残酷な事件や無慈悲な自然災害が起こった可能性が非常に高いです。結構な確率で心霊スポットでは人が亡くなっています。松井田城跡もかつて激しい争いが繰り広げられ多くの人々が死んでいきました。では現在の松井田城跡の様子、その詳細について見ていくことにしましょう。
群馬県

旧松井田トンネルが心霊スポットと呼ばれる理由について【群馬】

群馬県道33号線の旧道にある旧松井田トンネルは心霊スポットとして有名。女性の霊が出る、心霊写真が撮れるなど噂されています。殺人事件や自然災害などが起こって霊が屯しているとの情報が多くありますが真相は如何に?実際に訪問してきましたので写真紹介、心霊スポットとして扱われる原因を探ってみようと思います。
大分県

墓から生まれた坊主のカリスマ!通幻寂霊禅師とは?【大分】

通幻寂霊(つうげんじゃくれい)は1322年から1391年(南北朝時代)を生きた曹洞宗の僧侶です。出身地は豊後州国東郡武蔵郷治郎丸(大分県)の阿弥陀寺、または因幡国岩井郡(鳥取県)といわれていますが、ここでは大分県生まれということにしておきしょう。
大分県

沈堕の滝と岡藩滝落しの刑場跡【大分】

豊後大野市にある沈堕の滝。中二病を思わせるこの滝は『豊後のナイアガラ』や『大野のナイアガラ』と呼ばれ原尻の滝(ここは東洋のナイアガラと呼ばれている)と同様に豊後大野市の観光スポットとしてとても人気があります。また近くには処刑場があったため心霊スポットとしても知られています。
大分県

東洋のナイアガラ?原尻の滝へ【大分】

『大分県の南でおすすめの場所ってどこ?』と職場の同僚に問うたとき一つの候補に挙がった原尻の滝。早速、自宅に帰ってネットで調べてみることにしました。いちのまるふむ。よさそうな場所だ!ムッ!?東洋のナイアガラだって?群馬出身の私は『東洋のナイア...
大分県

鏡処刑場跡と岡藩のキリシタン弾圧について【大分】

他の藩で凄まじい弾圧を受けてきたキリシタンが何故、岡藩では少数だったのか?それは初代藩主の中川秀成の父・清秀がキリスト教と深い繋がりのある人物だったから。清秀の従兄弟はキリシタン大名で有名な高山右近、そして妹が古田織部の正室。古田織部に関しては『キリシタンだった?!』という説があります。
大分県

竹田市の瀧廉太郎記念館に行ってきた【大分】

瀧廉太郎は学童時代に過ごした大分県竹田市の城下町や岡城跡での思い出を懐かしみ歌曲・荒城の月を作曲しました。彼にとって竹田市は心のふるさとだったようで、荒城の月には『楽しかったあの頃はもう戻ってこない。』という物悲しさが曲調に込められています。
大分県

心霊写真が撮れるらしい十文字高原の昼と夜を見比べてみた【大分】

十文字高原は別府八湯の明礬温泉を少し登ったところにある高台です。景色は美しく国東半島、別府市や大分市はもちろん靄が晴れていれば四国までも見える展望スポットになっています。特に夜景が素晴らしいと知られ遅い時間にも関わらず訪れる人がいるほどです。そんな十文字高原ですが心霊スポットしても有名らしいのです。
大分県

府内城の歴史と人柱お宮伝説について【大分】

度重なる水害で府内城の築城工事がなかなか進みませんでした。そこで、『人柱になってくれる人がいたら、あなたの家族一生面倒見ます!』といったお触れを出したところ、『お宮』という娘が困窮する家族のために人柱になることを志願してきます。
大分県

日出藩成敗場跡地と殉教公園について【大分】

閑静な住宅街にある日出殉教公園。殉教なんて言葉を公園に付けるくらいですから間違いなく不幸な何かあったのでしょう。さて、早速どんな場所で何があったのかを見ていきましょう。木下延俊が治める日出藩。家老職であった加賀山半左衛門はキリスト教徒でした。息子にぢゃこもと名付けるくらいの熱心ぶり。
大分県

群馬県と縁ある松栄神社に参拝してきた【大分】

松栄神社はもともと近正八幡宮として祭祀されたのでご祭神は松平近正。この方は安土桃山時代から江戸時代にかけての人物で大給松平氏の家老でした。徳川家康の遠い親戚にあたります。家康が豊臣秀吉から関東転封の命を受けたとき近正は上野国(群馬県)に入り宗家から独立。
大分県

三国トンネルが心霊スポットといわれれる理由は?【大分】

大分県の三国トンネルは心霊スポットとして有名です。心霊スポットは自然災害、殺人や自殺、戦争などが起きた悲しい過去を持っている場合が多いです。三国トンネルは血生臭い歴史があったため心霊スポットとして扱われるようになったようです。それでは何故ここが心霊スポットになったのかを見ていきましょう。